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自分の失政を他人のせいにする、本末転倒の田中知事

 田中知事は県幹部職員に対し、報道機関の取材を受ける際、発言者の実名を明示させるよう、部長会議で要請したと報じられた。何を恐れているのか知らないが、自分に対する(田中康夫個人でなく、長野県知事田中康夫として)批判や苦言を、素直に聞けないと言うことだろうか。実名であろうが匿名であろうがトップの政治手法に対し、クレームをつけることは県民のためであり、田中康夫憎しではないはずだ。どのようなことにも自らを常に正し、人の意見を受け入れる姿勢が必要であろう。その寛容な心を持ち合わせていれば、「実名を明示すべき」と強圧的な個人の言論を封じるような事はしなくともよいはずだ。

 そもそも自分の県政運営や手法が尋常でないから、批判の声が上がっていることをまず知るべきであろう。まともな県政運営をしている知事でも批判はつきものだ。どのトップも批判を真摯に受け止め、批判の原因を確かめ対象事案を修正して、ことの間違いを事前に食い止めることができるのである。批判が多くなってきていることは、自分の県民にたいする考え方、県政運営・手法の仕方等に疑義が多く、間違いと思われる事案が多いと言うことを気づくべきであろう。それを幹部職員の批判的発言をいかにも封じるような事は本末転倒ではないか。批判的発言が表に表れていることは、匿名であろうがむしろ感謝するべきだ。批判が表に出なくなれば、それこそ「裸の王様」となり、知事としての政治生命も終わりを告げられたこととなるのではないか。

 自らの失政の連続を反省しないで、他を責め自分を正当付けてきたことこそ、今までも批判されてきていたのである。なぜ改めようとしないのか。そして常に自分以外に敵対視する人(県職員・県議会・市町村長・県民等々)をつくっている。自分の主張だけが正しいと言い張り、問題の本心を見つめないで対立心だけを仰ぎ自己満足することは止めるべきだ。これ以上職員のやる気を無くすようなことは即刻改めるべきだ。そして無能な盲目的な職員を自分の周りに置くことをやめ、きちんとものを言える幹部職員を配置するべきだ。自らが全てを仕切ろうとせず、職員を信頼し任せるべきことは任せ、正常な県政運営をするべきと思うがいかがか。県民は苦しい現実に耐え凌いでいてくれているが、すでに限界を超えているのだ。今こそ県民のための県政をしっかり執行するべきときである。