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今なら間に合う「高校再編整備候補案」の撤回


 県教育委員会では高等学校改革プラン推進委員会へ、県立高校再編整備候補案を提出した。そのことでそれぞれの地域で議論が錯綜されている。高校改革プランの中での高校再編整備そのものは、将来の生徒数からして再編していかなければならないことは誰もが理解ができることだ。事の進め方には「たたき台」は必要のことでもある。ただ、今回の高校再編整備にかかわる高校名を具体的に挙げて議論のたたき台にするということはいかがかと思う。
 
 理由はいくつかあるが、各高校にはそれぞれ目標を持って、それぞれ100周年に向けて、あるいは目標にして生徒も先生もよき伝統を守り、次に伝えようと努力をしている。また、中学生は来春の入試に向けて志望校を心に決め努力をしている。OB・OGも後輩のために一生懸命応援をしようと頑張っている。地域の人たちもいろいろの立場から所在高校を支援している。
 
 それらの人々の心をどこまで考慮したのだろうか。単に会議で議論してもらうための「たたき台」と一緒に考えることには無理がありはしないか。多くの関係する人間の心を尊重し、その人々と十二分に話し合いし、理解を得る努力をするべきではないか。なぜ〇〇校と統合しなければならないのか。100年も校是を守り多くの卒業生を輩出してきた〇〇校が、どうしてその校是や目標を自らの考えで変えるのでなく、なぜ県の都合で変えて全く異なる内容の高校にしなければならないのか。やはりしっかり説明責任を果たし、大多数の理解を得ようと努力するべきではなかったか。純粋な子供たちの心をもっとも大切にしながら、来るべき生徒数の減少の中での高校教育のあり方を議論するべきではなかったのか。
 
 人と人のつながり「コモンズ」をことさら大事にしてきた長野県、そのことを長野県教育委員会も重要視してきたはずであった。それらを教育の場で子供たちに教えてきたはずだ。「コモンズ」といいながら人の心を踏みにじむような教育はやってはならない。今県議会で田中県政のあり方について、多くの施策について、その手法について議論を戦わしていることをどう感じてきたのだろうか。県教委がやろうとしていることは、まさにその繰り返しそのものである。今なら間に合う。「拙速であった」と素直に謝罪をし、再編候補案を白紙に戻し、人間の心と心がぶつかり合う議論をするべきではないか。学校の数が先にありきでなく、これからの子供たちの教育をどうあるべきかを中心にした義論をしていただきたいものだ。