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神聖であるべき議場が場末の劇場となった本会議場


 今日から一般質問が始まった。定例会前から予想されていた質問が各議員から出されていた。特に高校改革問題、廃棄物問題、組織再編問題、知事の政治姿勢についてなどなど。しかし応える知事及び教育委員会など、まともに誠意ある答弁はなかった。これが実態だと思えばそれでよいかもしれないが、神聖であるべき議場が場末の劇場で、ろくに稽古もしない三文役者がただ怒鳴っているだけの、やりきれない醜い場面に終始していた。

 高校教育改革問題でのやり取りで、知事は議会の皆さんは対案を提示するべきだと繰り返していた。議会のそれぞれの会派や議員は考えを持っている。あまりにもムリな手法に対し「まず白紙に戻すべき」と議員は主張している。その上で私たちの案を提示し議論をしていただきたい。それぞれ少なからずそう思っているはずだ。人の意見を聞こうとしない姿勢が、かたくなに白紙撤回もせずに、意見を聞くそぶりを見せているだけである。

 組織再編についてはまさに9月定例会前に、各市町村長や議員に一方的な説明ならず、知事の考え方を仕方なしに押し付け、皆さんの声を最初から反映しようとする気持ちは全くない。意見を聞きに言ったそぶりを見せただけである。組織再編のメリットをどんなに説明しようとしても、これまた真実味はなく仕方なしに言葉を発しているだけのように聞こえる。どんな奇麗事を並べても真実良いことを並べても、人の意見を聞き入れようと思っていない知事と経選局長が変わらない限り意味がない。そのことを本人たちが分かっていないことが、県民にとって悲劇なことである。

 例の長野県は540億円も借金を返したといっていることに対し、事実と異なるとして知事の考えを質しても、「財政改革推進プログラム」を県議の皆さんはお認めになっておられる。だから共同正犯だと知事は嘯いていた。そうだろうか。職員は財政危機の状態を知っている。だから県民のためにどのような事業を展開していけばよいか、よく理解しながら予算を組もうとしている。その県民のために有効な事業予算を要求しても、知事はことごとく認めずに、突然自らの思いつきな、自分の都合のよいわけの分からない事業を予算化している。推進プログラムどおりでなく、自分の都合のよい我儘な予算を強引に決めてきているのではないか。

 平野県議は「小さな事実を言いながら、大きなうそをついている」と知事に噛み付いたが、本人はなんとも思っていないから始末に終えない。今日もそうであったが、100条委員会での証言もそうであったが、良いことは知事自身が行なった、悪いことや自分にとって都合の悪いことは、全て職員がやったことであると言い通している。それで組織を変えて地方主権で金と権限を与えるといっても、職員はもとより市町村長さんも信じられないことはその通りであると思う。

 田中さんの仕事は終わった。この際速やかに退陣を宣言されたほうがよさそうだ。もう偽りの県政は許されない。荒れる9月定例会の一般質問、初日から言いたい放題で荒れ模様が続きそうな気配だ。全くやりきれない思いである。