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余裕はほしかったが充実感は残った一年

 何故か今年の一年はあっという間に過ぎてしまった感じがする。たまたま100条委員会委員になってから、今までのリズムと大きく変わってしまった。各定例会と定例会の合間には、各委員会や会派の現地調査や視察研修があっても余裕の日はあった。今年はその余裕の日はほとんど100条委員会や、100条委員会に関係する調査活動等に明け暮れてしまった。疲れたと言ってる間はなかったが、それなりに真剣に取り組むことが出来たため充実感はある。

 

 世間ではいろいろ100条委員会について論評されているが、今は何を言われてもやむを得ないであろう。中間報告であろうが結果を報告できることが出来ないからである。今までは、ひたすらに事実関係を証人尋問によって知る作業をしてきたのだ。予定外の証人にも尋問しなければならないことも多くあった。全ての資料をオープンして発表できれば報道機関も県民の皆さんも、理解はしてくれることであろうが、残念ながらそれすら出来ないことが『分かりにくく』していることは否めない事実である。

 

 論点整理をし始めてから「やはりな」と感じることが多くなってきた。この100条関係に限らずそうであるが、知事は誠に無責任きわまることが分かってきた。このことが今後の委員会として論点整理後の判断に大きく影響することであることは間違いないだろう。今はその程度しかご報告は出来ないが、新しい年を迎えたちまち進展が見られることであろう。我々もしっかりまとめに入っていきたい。 

 

 王滝村でもようやく新しい議会も誕生し、村営スキー場も民営化の一歩を歩み始めてばかりというのに、村長の辞任という新しい大きな問題を抱えての越年となった。中身を良く知らないで論評は避けなければならにが、はたで見る限り「なぜ今辞任なの」と、その真意を疑わざるを得ない。16年度決算を不認定としても、もともと村政を変えようとしてきた新しい議会としては、認定できるわけがない、と考えてもいいのではないか。そのあたりは村長自身が一番知っているはずである。

16年度は何とかしようと思いつつ、妙案もなく執行してきた。(全てを容認するつもりはないが)それだけに新しい見方をした議会が不認定としても、村長不信任とまで結びつけることもなかろうと思う。奥深い内情が分からないだけにそういわざるを得ないが。ただ、村財政たち直しを図ろうとしている現在、議会と対立したからといって、村を放り出すこともないのではないか。再建ほど辛く困難なことはない。簡単に出来ると思って村長に2期目挑戦したのではないはずである。その覚悟は出来ていたはずだと思う。私どもも再建に向けて期待していただけに残念である。当事者にしてみれば厳しく聞こえると思うが、一日も早う収拾していただきたいものである。失礼は許していただきたい。