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 田中知事が27日に記者会見した際の発言は、いろいろの報道機関で取り上げていた。時事通信社のネット上の配信ニュースでは次のことが載っていた。

◎「百条委は政治闘争の一環」=事実認定開始で-田中長野県知事
 長野県の田中康夫知事は27日の記者会見で、県議会調査特別委員会(百条委員会)が知事をめぐる問題に関し、2月議会に報告するため事実認定を始めたことに関連し、「百条委は政治闘争の一環として設けたものだと思っている」と述べた。田中知事は「議会は小説より奇なりだ」とした上で、「(私自身を)気にくう、気にくわないは結構だ。しかし、(議会に)出すもの全部をけってやろうということで、不幸になるのは誰だろうか」と語り、予算案の削除などに関する議会側の対応を批判した。(了)

 『気にくう、気にくわないは結構だ』これは政治手法に気にくわないのでそのまま受け入れるが、『(議会に)出すもの全部をけってやろうということで、不幸になるのは誰だろうか』と語っているのは容認できない。議会はいつどのように知事が提案した案件を全部けっているのだろうか。99・9%以上は議決しているのではないか。逆に議会の意見を聞かないで、懲りずに同じ案件を続けて定例会に提案してくる知事のほうがどうかしている。限られた予算の中で無駄遣いをしようとしている知事に、ブレーキをかけてどこがいけないのだ。聞く耳も持たずただ自分のわがままを通そうとしている知事の政治手法により不幸になるのは県民である。このような知事に認識がある限りは、田中知事は長野県と県民のための政治は出来ない。

 県のホームページでは『日経BPホームページ 「現代リスクの基礎知識」』の記載内容を引用し、これまでに長野県が、市町村や関係機関、地域住民の皆さんと一緒に行ってきた豪雪対策の活動が評価されています。とその記事を掲載している。

 わがHPの読者はすでに県のHPをご覧なっていると思うので、ここであまり紹介したくはないが、県の危機管理の意識もなく「緊急性がない」と、飯山市の要請を断っておきながら、よくもこんな記事を掲載できたなと、経選局の神経を疑う。常に自分のこと、自分の有利になることだけを考え、言葉だけ県民のことをいかにも慮っているような振りをしていながら、実は全く県民のことなど考えていないように感じてならない。どうも最近グチをこぼしているだけのようになり、われながらつらい毎日である。

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 昨日の田中知事記者会見の会見内容が、今朝の各新聞に報じられた。田中知事は「議会は小説より奇なりということだ」と反論したという。反論は結構だがいよいよ田中知事も、あまりにも真実を述べられ、返す言葉もなくなってしまったのかと思った。と同時に長野県知事としての資質を改めて疑ったところである。

 最初に申し上げておくが百条委員会は、元々政治闘争の一環として設置したものではない。あまりにも田中県政が私利私欲のでたらめな県政運営をしていたことを、2年にわたって総務警察委員会で真実を質してきたのだ。その際田中知事も含め、知事が寵愛し抜擢した側近の松林経営戦略局長も、議会が真実を求めようとした質問に一切応じないで、逆に疑惑を深めさせたのは紛れもなく2人の責任は大きい。まず、そこから端を発している事を知るべきであろう。やましいことがなければ総務警察委員会で明確に答弁すれば百条委員会など設置されなかったはずである。

 県議会や市長会、町村会などを挑発することが県知事として県民のための施策を推進する上で可とするべきことだろうか。220万の県民の心を、自分の政治遊びの道具にし、もてあそぶことは許すことは出来ない。『メールで報告があったとき:その時に、首根っこをつかまえて、お前は何をやっているのだ、といわなければならなかったのか』とも嘯いていたという。なぜ、そのように言葉と行動でやめさせなかったのか。知事として当然なことではないか。

むしろ自分がガラス張りの県政をうたい、県民に包み隠さない県政運営をします、積極的に情報公開をします。といってきたのは田中康夫長野県知事、貴方ご自身であることを、よもや忘れてはいないはずだ。それを承知で職員が公用文書を、今破棄しようとしている現実を知ったときは「やめさせる」事は誰が考えても当然な役目であると思う。『やめさせることが出来なかった』深い理由があったから出来なかった。だからこそ、見て見ぬ振りをして容認しただけであることは、県民等しく理解できることであろう。

27日の私のホームページで「論点整理した結果報告」を掲載してあるが、私の論理にいささかも曇りはないと自負している。論理となったメールのやり取りを根拠として示してもよい。今日は『移動志昂会in諏訪』で原村の『八ヶ岳自然文化園』に来ているので資料を持ち合わせていないので、近日中にお知らせし県民の皆さんのご判断を仰ぎたい。冷静にものを言えなくなったということは、統治者としての能力も心もなくし(もともとなかったかもしれないが)失格者となってしまった証なのだろうか。

 本日の移動志昂会in諏訪も、大勢の参加者の中で開かれた。今までの5回と進行方法を変え、参加者と質疑応答の時間を多くとった。参加者は高校改革推進の仕方について大きな疑問と不満を持っていた。やはり県民にとって大きな関心ごとであることが改めて知ることが出来た。熱い県民の訴えを正直に県教育委員会に伝え、その意見を無駄にしてはならないと感じた。また、この夏の知事選挙にも今まで以上に関心を持っていることが感じられた。

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 昨日ダウンロードのUP作業がトラブリがあったため、改めて論点整理の結果を報告した全容をお知らせします。

           論 点 整 理(総括)

                                    文責 志昂会 高見澤敏光

「下水道関係の働き掛けに関する文書」に係る公文書公開請求に関する事項
『概 要』

 2003(平成15年)10月6日読売新聞長野支局から、「公職にある者からの働き掛け」等についての公開請求がなされた。当時の田附下水道課長は岡部経営戦略局参事に相談し、その際請求された公文書を不存在とすることにし、該当の公文書5部を回収し破棄した上、パソコンに入っている関係文書やフロッピーを全て消去するよう指示をし、情報公開請求に応じなかった。しかし、後に下水道課職員のファイルから出てきた「公文書」を公開することとなった。これらの公文書破棄をめぐって、公文書の破棄を実行したことは事実か。田中知事の指示があったのか。知事後援会元幹部による働き掛けがどのように行われたのか、などが焦点となった。調査の段階で岡部元経営戦略局参事や、田附元下水道課長から田中知事に情況報告をする中で、田中知事の指示を求めようとしているメールが数回にわたって送信されている。そのメールを受け田中知事は疑念の思いを承知しながら何らの指示もしないばかりか、特定の県職員や働き掛けをしていたとされている当事者(知事後援会元幹部)にも転送されていた事実が判明した。

※ 公文書か否かの検証
公開請求された文書には、知事後援会幹部が知事の威光を嵩に働きかけと思われる発言や行動が記載されており、ワーキンググループの人選まで提言されていたことも記録されている。
岡部英則証人は、これが私的メモというのはあくまでも口実であって、実態は公文書だということで考えておりました。ですから公文書として残すということが非常に危険だということですので。・・・これはもう課長が保有している、しかもキャビネットの中にあるということは、もう原則これは公文書ですから、いかに理由をつけようとも間違いなく公文書であるということで、私自身は判断していました。【議事録第11回―P30】
田附保行証人は、総務委員会へ呼ばれて、はっきり申しまして、岡部さんから実際これはもう本来なら公文書だということを言われまして、そこではっきりと認識を改めたと言いますか、誤っていることを知ったわけであります。【議事録第11回―P86】
中野守雄証人は、内容を見ると明らかに仕事にかかわることですよね。それで私はもう、これはもう公文書であるから、当然公開請求があれば公開しないと・・・、これは私的メモだと、そういうふうに理解していた職員は誰もいないと思います、はっきりいって。【議事録第9回―P79】
小林公喜証人は、これは下水道課の、下水道公社の入札制度を改革する上での一連の経過の資料として、当然組織的に活用し職員が共有している。そういうことから公文書ではないかと。・・・同じ理解をしておりました。【議事録第11回―P30~31】
これらの証人の証言によっても、文書は明らかに公用文書と読み取れるものである。更に、「20003年10月9日AM7時48分 田附課長から田中知事へ:公文書公開請求:と題するメール」によっても、田附保行証人は議事録と明確に記載されていることを見ても、全ての証人が公用文書としての認識があったと考えられる。しかもこの文書が下水道課の田附課長自身のキャビネットの中に保管されていたことなども証言から明らかになっており、田中康夫証人や田附保行証人及び岡部英則証人を含む関係者が、公用文書と知りながら「当該文書を不存在としなければならない」と、判断せざるを得ない内容の文書であると承知していたと考えられるものである。

『違法性およびそれに類する疑義』

① 公用文書破棄に対する疑義
 2003(平成15年)10月6日読売新聞長野支局及び信濃毎日新聞社から、「公職にある者からの働き掛け」等についての公開請求がなされた。当時の田附下水道課長は岡部経営戦略局参事に相談し、その際請求された公文書を不存在とすることにし、該当の公文書5部を回収し破棄した上、パソコンに入っている関係文書やフロッピーを全て消去するよう指示をし、情報公開請求に応じなかった。これは公用文書等毀棄に該当すると考えられる。

② 知事の関与に対する疑義
 県に対し『下水道関係の働きかけに関する文書』に係わる情報公開請求された際、職員は「知事後援会幹部の働きかけと見られる内容の公文書」であるため、知事と連絡する過程で「知事は当該公文書を不存在とする考えである」ことが、知事の意思であると職員は判断して一連の行動になった事実が明らかになった。その結果、働きかけどおりの入札制度の変更となり、平成17年度事業の入札で、その知事後援会幹部が関係する会社が落札した事実も判明した。このことは「公文書破棄の事実を知りながら、破棄中止の指示を怠り公開請求の指示をしなかった」など、政策決定への不透明な関与がなされたと考えられる。

③ 偽証等に関する疑義
  田附保行証人、岡部英則証人、田中康夫証人、北原俊樹証人の同一尋問に関して、各証人による証言内容はほとんど異なっていることからして、偽証の疑義が考えられる。

※ ① 公用文書破棄に対する疑義についての検証
証人喚問した証人の証言から、岡部英則証人は当該公文書の破棄等を指示し、田附保行証人は一旦下水道課職員に配布した公文書を回収し、その公文書の破棄を実行した。更に当該公文書に関係するパソコンの磁気的記録やフロッピー内の記録も全て消去したことが明白である。
 不存在とした当時、組織的に管理されている「公文書」を全て破棄していなかったにしても、自らが課員から回収行動をして破棄に至っていることは事実である。
 当初の公開請求に対して不存在決定を行った際には、当該文書は公文書(組織的に共用する文書)ではないという判断により、メモとして取り扱ったとしているが、「公文書か否かの検証」の項による証言の通り、明らかに公用文書としての認識を持っていたものと考えられる。したがって『公用文書であることを認識した上で、故意に隠匿した』ものと判断できるものである。
(資料編:3p~4p参照)

※ 論点整理及び検証結果による判断
「公用文書破棄に対する疑義についての検証」 で検証の通り、岡部英則証人は当該公文書の破棄等を指示し、田附保行証人は一旦下水道課職員に配布した公文書を回収し、その公文書の破棄を実行した。更に当該公文書に関係するパソコンの磁気的記録やフロッピー内の記録も全て消去したことが明白であり、田附保行証人及び岡部英則証人は公用文書毀棄として判断できるものである。

※ ② 知事の関与に対する疑義に対しての検証
岡部英則証人や宮津雅則証人の証言からしても、田中康夫証人が直接岡部英則証人に指示をしたと考えられるが、田中康夫証人の証言からは読み取ることが出来なかった。しかし、情報公開を受けた文書を「私的メモとした背景」も、知事を擁護したいとの考えであり、知事もメール等を通じ承知をしていた。田附保行証人が田中康夫知事宛に10月9日AM7時48分に「公文書公開請求について」のメールの中に、文書の破棄を始めたことを報告している。
田中康夫証人は『私は逆に、メモであるという判断が出たということに関しては報告を受けましたが、しかしそれを破棄をすると、処分をするというようなことは、これは仮にそれがメモであったとしても、あらぬ疑いをかけられるということは、職員にとっても関係者にとっても、よろしからぬことだからまずいのではないかという感懐を抱いたということであります。【議事録第13回―P15】』と証言をしている。
感懐を抱いていながら、田附保行証人にも岡部英則証人にも「文書の破棄を止めさせ、情報公開をするべき」と指示をする時間的余裕がありながらしなかった。なぜ、岡部英則証人に直接指示をしないで9日の夕方、岡部英則証人の部下である宮津雅則証人に「破棄は不味いよね」とメールを打っているのか理解できない。
更に、田中康夫証人は岡部英則証人から、10月9日に2回(「近況報告」「再度話しました」)、10月10日に「下水道課について」、10月15日「説明不足でした」、10月16日「近況報告」と5回にわたって、当該公用文書破棄に関わるメールを受信している。田中康夫証人はその度に宮津雅則証人他にそれらのメールを転送していたことが、田中康夫証人が当委員会に提出したメールによっても明らかの通り、岡部証人からの詳細な報告を受信し、公用文書破棄の行為が行なわれることを容認していたことになる。
仮に田中康夫証人が当該文書破棄を知ったのが8日であるのか9日であるのかに関係なく、これら重要な事実を知り得た段階で未然に文書破棄中止の指示をしていれば、破棄の実行を防げていたはずである。
長野県知事である最高統括者としての責務を放棄していることでもあり、明らかに職員が文書破棄行為の実行をしようとしている行動を容認していたと判断できるものである。
(資料編:5p~7p参照)

※ 論点整理及び検証結果による判断
「知事の関与に対する疑義についての検証」 で検証の通り、田中康夫証人は情報公開請求があった文書が、公用文書であることを知りえていた。また、田附保行証人及び岡部英則証人が田中康夫証人を庇おうとして、当該公用文書を破棄することを事前に知りえていたことも明らかである。しかし、田中康夫証人は田附保行証人及び岡部英則証人による公用文書破棄の実行をしようとする行動を知り得ていながら阻止の指示も出さず、情報公開を指示することもなく「当該の公用文書不存在」および「当該公用文書破棄」とする職員の行為を容認する行動であったことも、各証人の証言及び当委員会に証拠として提出された各メール及び知事から提出されたメールを見ても明白である。
したがって、明らかに文書破棄を容認していた行為は事実上の指示であると判断できるものである。

※ ③ 偽証等に関する疑義に対しての検証
 田附保行証人、岡部英則証人、田中康夫証人、北原俊樹証人の同一尋問に関して、各証人による証言内容はほとんど異なっている。一部偽証と思われる証言も多々あったが、各証人による、それら証言の食い違いを全てを偽証との判断には至らなかったが、2件について偽証の疑義があると考えられる。
15年4月23日のホテル信濃路での『後援会幹部と懇親会しながらの懇談会』についての文書のみ田附保行証人が仮に当初私的メモとしても、文書に記載されている内容とその文書を課の職員に配布した行為は、職務上作成されたものであり組織的に共有していた文書であることが、多くの証人の証言からも明らかである。更に15年4月16日(2部)・17日、5月20日の4つの」文書においても公用文書であることは「公文書か否かの検証」で検証の通り明らかになっている。したがって、情報公開請求された文書は明らかに公用文書であり、田附保行証人も岡部英則証人も田中康夫証人も公用文書の認識はあったと判断できる。
よって田附保行証人が当該文書を私的メモ、私的文書と証言していることは偽証と判断できるものである。

 田中康夫証人は情報公開請求された公用文書に対し、「知事の関与に対する疑義についての検証」で検証したとおり、職員が文書破棄行為の実行をしようとしている行動を容認していたことが明らかである。また、岡部英則証人が『知事から出さないよう、ということで指示を受けたというふうに考えております。』と証言している。更に岡部英則証人及び田附保行証人からのメールによっても、リアルタイムで田中康夫証人に公用文書破棄の実行を行なう内容をメールで報告していた。にもかかわらず、田中康夫証人は『それは、それぞれ情報公開請求の担当の人間が判断することであります。私からの指示はございません。』と証言している。当時の長野県政の執行の流れは、知事の指示がなくして職員は事務執行の判断が出来ない情況であった。岡部英則証人は『指示は私の責任という事とさせていただきたいと思っております。』とメールで田中康夫証人に情況報告をしているが、岡部英則証人は『私の責任』でという立場でもないが、切羽詰った情況であったため『私の責任』とせざるを得なかった。これらのように田中康夫証人は言外において、事実上の田中康夫証人から当該公用文書を破棄の指示が出されたことと判断できるものである。
 (資料編:7p~8p及びメール集、参照)

※ 論点整理及び検証結果による判断
「公文書か否かの検証」 で検証の通り、明らかに「公用文書」と判断できるものであり、田附保行証人は公用文書であることを認識していた。したがって、田附保行証人が私文書あるいは私的メモと最初から証言の中で繰り返していることは、公用文書と知りながら故意に私文書あるいは私的メモと証言をしているものであり、私文書及び私的メモと証言したことは、偽証と認定することが妥当であると判断できるものである。
《地方自治法第100条7項・虚偽の陳実》

また、田中康夫証人はリアルタイムで公用文書破棄の実行を行なう内容をメールで報告を受けていた。その報告に対し何ら指示はしていないが、中止の指示をしなかったことは、言外において事実上の田中康夫証人から当該公用文書を破棄の指示が出されたことと受けとめられる。
よって田中康夫証人が『私からの指示はございません』と証言したことは偽証であると判断できるものである。
《地方自治法第100条7項・虚偽の陳実》

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 26日の100条委員会は今まで証人尋問を行い疑義・疑惑等について、多くの証人を招聘し真実を明らかにするために尋問をしてきた。証人尋問は多くの証人の尋問に対して証言のくい違いが多かったが、証言のくい違いはこれ以上証人尋問を繰り返しても新しい証言は期待できない。また、100条委員会は罪びとをつくるのでなく、疑惑の真実を明らかにして県民に知らせるものであり、100条委員会として証言のくい違い等についてより明らかにする必要性もないことから、本日から論点整理のまとめに入った。
 
 本日の委員会は知事後援会幹部の働きかけた問題、知事後援会幹部がかかわった会議の会話等の記録が記載された文書、いわゆる情報公開請求された文書をめぐる問題について事実認定や違法性等について、証人尋問や提出記録に基づいて論点整理をした結果について委員より報告がされ、その報告に対し議論を展開し事実の認定作業を行なった。
 
 柳田清二委員は知事後援会幹部の働きかけの問題について論点整理結果を報告し、知事後援会幹部が県の下水道行政に対し、その立場を利用し影響力を強め関係企業の利益誘導に結びつけたことなど、26項目にわたり事実認定を提案した。また毛利栄子委員からは知事後援会幹部が利害関係者であることを承知の上で、当時名詞営業を禁止していたにもかかわらず、当時の政策秘書室に自由に闊歩させ特別扱いしていたと報告された。それらの事実認定の採決に際し、全員一致あるいは賛成多数で事実関係を認定した。

 私は志昂会を代表して『下水道関係の働きかけに関する文書』に係る公文書公開請求に関する事項について、論点整理結果を報告した。この問題はその公開請求された文書が「公文書か否か」を明らかにする必要があり、その検証結果をまず報告した。多くの証人の証言や該当された文書の記載内容から『文書は明らかに公用文書と読み取れる』『田中康夫証人や田附保行証人及び岡部英則証人を含む関係者が、公用文書と知りながら「当該文書を不存在としなければならない」と、判断せざるを得ない内容の文書であると承知していたと考えられるものである。』と情報報公開請求された文書が『公用文書』であることを事実認定として提案し、その文書に基づき委員会において多くの証人尋問による証言や、委員会が提出したメール及び田中康夫証人が提出したメールを引用し、①公用文書は気に対する疑義、②知事の関与に対する疑義、③偽証等に関する疑義について、事実関係の検証した結果を報告した。

 委員会では共産党県議団から偽証等の事実認定については、会派に戻りもう少し精査したいとの発言がありその必要性を受け入れ、偽証認定の事実認定を除き、①及び②の疑義について検証した結果の事実認定について、全員賛成及び賛成多数で私の提案した事実関係について認定がされた。

 私が事実関係の報告及び検証結果による判断の提案については、 別途報告します。本日持ち越された事実関係は各会派で精査され、2月8日の100条委員会で一層の議論を深め結論を出す予定である。

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 最近になり夏の知事選に向けた動きが多くなってきた。当然のことながら話題になることは県民のためにも、選択の幅が広がりよいことである。ただ気になることは、あのグループが立ち上がったから俺たちも、というような無作為な売名と思われるような行動はあってはならない。党利党略的行動も慎むべきであろう。一連の行動が私の憶測を超えてくれていればよいと願うものである。
 
 改革を県民も議会も「是」としてきたが、改革をしながら、これからの長野県をどう見つめていくのか、そのためどの部分(要素)の改革が求められているのか。改革の進め方等をどう進めていくべきか。改革で壊した組織・人事・事業等々どのように修復しつくりかえていくのか。それらをしっかり議論し、そのためにどのような経験をされ、どのような人物がリーダーとしてふさわしいのか。冷静に見極める必要があろう。
 
 現知事の改革姿勢評価など検証結果が発表されている。確かに評価できる点もあることは事実である。しかし、安易に評価を良とするのはいかがかと思う。『脱ダム』宣言により環境を重視した改革を全国にアピールした。と評価できる点を上げた政党がある。私は『脱ダム』発表が即環境を重視した改革に結びつく成果と判断してよいだろうかと疑問に思った。言葉だけを活字で見ればそのように感じるかもしれないが、県政の事業施策は改革に伴う相対効果も検証しなければならないのではないか。
 
 『脱ダム』は決して悪い改革ではない。そう出来ればより好ましいのである。ただし、その反面にある『地域住民の安全の担保』が確立されてこそ、『脱ダム』改革宣言を評価できるのではないか。現況において宣言以来『脱ダム』に変わる代替案が示されていないではないか。対象河川の下流側の河川・流域対策はいまだ決定されていない。そのような状況下で『環境を重視した改革』と評価してよいのだろうか。言葉だけであるならば小学生でも夢は語ることは出来る。220万人の県民の生活の安全を守ることも県知事の仕事の大きな役割の一つでもあるはずである。

 今の県議会も5年前の県政の姿に戻そうと思っている議員はひとりもいない。田中知事に県政を託した82万余の県民も、県政を後戻りさせたくはないが、県民に目を向いた振りをしていながら、実は自分のことだけしか考えていない田中県政の実態を見限っていることを重視するべきで、過去の82万票全てが県政を後戻りさせたくはないメッセージであると考えることはいかがなものか。もう少し考え方を明確にするべきではないか。

 私は発表した政党やK氏に文句を言うつもりはない。特にK氏は私のうちで以前「むすび」を食べながら歓談した方でもあるだけに、もっとはっきりものを言ってほしいと願うものである。今の県政について中途半端の検証と評価は、かえって県民に迷いを助長させるだけだと思う。明確な改革姿勢評価があってこそ、県民が本当の長野県の将来を託すリーダーを選択することとなると思う。それだけに私たち県議会議員を含め、県政に携わり県政の実態を知る人は、県民の皆さんに正確な情況を伝えることが求められているのではないだろうか。

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 17日志昂会で2月定例会において『農業振興条例』を議会提案で提出の運びとなっている。そこで条例制定後の執行側の県農政部において、どのような不都合があるか。どのようなメリットがあるか、どのように生産者にも消費者にもメリットがあるのか。どうしたら条例制定後に農業施策が有効に展開できるのか。農業振興条例をいち早く制定した先進地の福岡県の実情について現地調査をした。

 福岡県農政部農政課の半田企画係長は、条例が制定される前は「行き当たりばったり」の農業政策であったが、制定後は少なくとも条例に示された『福岡県の農業』の推進に向けて、基本計画を設置しそれに基づいて執行できるのでやりやすくなりました。と本音を語ってくれた。 正直な回答だなと思った。「基本計画が条例に基づいて作成されるから、整然と本当に農業生産者の生活安定のため、そして経営的安定のため出来ます。」と語っていたことが印象に残った。

 まだ紹介したいことがあるが、本日はここまで。疲れました。

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 例年ハードスケジュールの行事が続く年初め、ようやく一段落をした。出初式・各町村の賀詞交換会・各団体の新年会など、どの行事も一年の初めでもあり参集されてきている人々は、やはり一年の希望と期待をもたれた話が主となっている。
 
 長い間景気低迷に苦しむ商工業者など、経済産業に携わる皆さんは悲痛とも聞こえる会話が多い。今年一年を占う経済景況見込みは総じて上向き傾向である。と報じている。しかし、長野県において肌で感じ取られる景気回復感はまだ先となりそうである。私は『皆さんの企業の特長を生かされて、もうしばらく企業努力を重ねていただかなければならない』と、あいさつの中で付け加えさせていただいている。
 
 私の県議会議員の仕事の一つでもあるが、地域の多種多彩にわたる要望に対し、県と橋渡しをしなければならないことも多い。しかし、現況では本当に真剣に聞いていただいているのか疑問である。確かに職員は一生懸命メモを取り意見の交換をしてくれているのだが、中々結果が見えない。出来ないのか、もう少し待てば出来るのか、それすら分からない場合もある。かと思うと私たちが知らない間に、『えっ、そんな事業いつ決まったの。どこからの要望だったの。そんな予算いつの定例会で提案されたの。』と驚く場合もある。
 
 事業の客観的評価がされ、公正公平な事業採択が行われなければならないが、最近市町村からや現地機関からの事業計画の採択要請についても、どうも不透明感があるように思えてならない。豪雪災害の現地視察を実施した田中知事が、飯山市には10分の滞在、栄村等には1時間以上も机をはさんで要望を聞くなど、およそ県知事としての公正公平な県政運営をしているとは思えない行動が目に付く。もし知事選対策であるならば大きな間違いである。今やっていることは田中知事が一番嫌っていたことではないか。(前県政がどうであったかは定かではないが)18年度の当初予算を注目していかなければならないであろう。
 
 諸行事では8月の県知事選挙についての話題も多かった。関心のあるレベルの皆さんかもしれないが、私も県議会議員となって初めての知事選だけに、今までの状況と比較は出来ないが少なくとも反応は高いと思われる。やはり「これからの長野県を再建していくために、公正公平で県政運営できる人、県知事として専念できて、正しい確かな県政を考え創ってくれるリーダーを、皆さんの良識ある判断を期待します。」と聞かれたときに答えるようにしている。
 
 明日からは県内外での政務調査活動が多くなる。2月定例会に向けて充電のときでもある。しっかり心身ともに整理して充電期間をすごして生きたい。

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 9日志昂会では記録的な豪雪で苦しまれている、飯山・栄村地方の積雪被害状況を現地調査した。正直、想像をはるかに超えた大雪の現況を目の当たりにし、河川等の水害とは異なるがまさしく雪災害の情況であると思った。 

 

 この情況を現場の市長が一番良く状況判断でき、自衛隊派遣を要請したことはよく理解できる。この情況を一番よく知る現地の市長からの要請を一度は先送りさせたことは、集中豪雨が続き堤防が決壊し始めたので救助を頼むと要請しているのに、まだ判断が必要である、どこの箇所に何人ぐらい要請するのか報告を、といっている情況ではなかったはずだ。緊急を要する事態であったことは現場を見て当然の要請であったと理解できるものだ。

 確かに飯山市に入りしばらく幹線道路を通過している限りは、そんな危機感はないことは事実である。しかし市街地からほんの数分車で移動しただけでも、尋常でない現実を見ることが出来た。田中知事は8日に飯山市の現況調査に訪れたそうだが、なんと10分程度で市長から十分な説明も受けず、『栄村栄村』と言いながら飯山市を後にしてしまったとのことである。その栄村では1時間以上も現状報告並びに要請を聞いていたとのことであった。長野県知事としての公平平等な市町村対応、特に危機管理対応が出来ない、知事としての自覚のない姿をここでも露呈していたのである。

 富倉地区ではちょうど災害派遣の自衛隊員が除雪作業をしている現場に遭遇した。若い隊員ばかりである。急勾配で滑りやすい屋根からの雪下ろし、それを片付ける作業、どの作業を見ても若いからこそ出来る作業である。調査をしている私たちでさえも『ありがとう』と感謝の言葉が自然と出てくる。たまたま、隊員の皆さんに近所の住民が握り飯に野沢漬けなどと、温かいお茶でもてなし、労をねぎらっていた。若いといわれた人たちでも60歳代だ。84歳という老人の会話を聞いていても安堵の気持ちがありありと読み取れた。

 更に違う集落に入ってみると、住宅がすっぽり雪に埋まってしまい玄関は雪の層の下となっている。やはり80歳を超えてお婆さんが、チョット裏を見てくれといわれ後について行った。裏の急傾斜の斜面からいつ雪崩のように雪が崩れ落ちてきても不思議でない現場を見た。更におばあさんは少しばかり掘り起こした場所を見せ、かすかに見える軒先の屋根を見せてくれた。正月に長野にいる息子が休み中かけて一度は雪を片付けてくれたが、もうこの状態で私にはもう出来ません。と困り果てていた。 

 

 まだまだ、言葉には表現できないほどの凄まじい数多くの現場を調査させていただいた。気の毒というより危険だらけの現況に、ただただ驚きとどう対処したらよいのか即答が出来ない情況であった。一日も早く自衛隊の皆さんの力を借りて危険を取り除き、せめて安心して日常生活が出来るようお願いしたいものだ。除雪費もすでに100万円を超えている家庭も多いという。県はしっかり現況把握をして二度と判断を間違わないで対応をするべきである。

 それにしても十分な調査もしないで、自らの意思決定ではなく「政府が弱者救済のために自衛隊派遣の方針を示したことを受け、要請することにした」。と、周りから急かされてやっと決断せざるを得なかったのに、いかにも自分がいち早く判断して決断したといわんばかりに、『より豪雪地帯の弱者のために、全国で最初に自衛隊の派遣を要請した』と語るあたりは、さすが報道機関をフルに活用した、良いところだけは誇張する『パフォーマンス知事』には恐れ入ったものだ。 

 

 10日は土木住宅・農政務・生活環境の各委員長も現地調査されるとのことである。また長野県議会豪雪対策議連も緊急役員会を開催されると聞いている。緊急性のある危機管理は即行動を起こし、現場の状況判断を的確に把握することが必要である。県議会の行動は間違いないが、いかに今後の施策や対策に生かさすことが出来るか。議会の提案をどのように県は受け止めていくかが課題である。知事は『政権抗争』などとたわごとを言っている場合ではない。しっかり県民のために長野県知事の仕事をしていただきたいものである。回りの部長さん、しっかりしてくださいよ。

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 県北部の記録的な大雪が続く地方の皆さんに、心からお見舞いを申し上げます。

 陸上自衛隊の災害派遣部隊が除雪作業を開始したニュースは、県の対応に問題があったがまず喜ばしいことである。それにしても県の危機管理の姿勢に驚き、あきれてしまう内容である。どたばた劇があったが、やっと自衛隊派遣申請を決断したことを良としようと思ったが 、本日の田中知事のコメントを見て怒りを覚えてきた。「政府が弱者救済のために自衛隊派遣の方針を示したことを受け、要請することにした」。自らの意思決定ではなかったのか。豪雪に苦しみ悩んでいる地域住民の切実な願いを理解したのではなかったのか。情けない。

全てが自分の決断も出来ない田中知事の現実をここでも垣間見たのである。危機管理はもともと持ち合わしていない。自分から進んで決断できることは、住基ネットや山口村問題に見られるように自分のパフォーマンス、世間に自分を売るときだけである。長野県民の安心安全、最小限度の快適な暮らしをどう考えているのだろうか。脱ダム宣言と同じように代替案があるといいながら、何も考えですらなく住民を欺いている人には期待するほうにムリがあるのかもしれない。

新潟地震のときは素早い対応をしておきながら、地元の住民が苦しんでいる時には対応すれ出来ないことは情けないことだ。今日は飯山地方を中心に視察はされたようだが、心のない視察は意味のないことだ。本当に県民の安全を考えるのであれば自らが心ある判断を下すべきである。

知事が知事ならナンバー2も、ナンバー3も大事な決断は出来ないが、つまらないパフォーマンスだけは知事以上である。県民サービスのために幹部が県庁内のトイレ掃除や、敷地内の除雪など『部長級サービス業務体験』を始めたという。改めて特にやらせの指示をし、しかも感想を所定の用紙にまとめて報告をさせるとのことだ。チョット感覚がおかしいのではないか。そのような活動は貴方(松林局長)が率先して報道機関まで呼んで行なうことなのだろうか。指示まで出して実施させることだろうか。しかも決められた書式に基づいて報告させるべきことか。

違うだろう。そのようなことは貴方が今まで実践してこなかっただけなのだ。良識ある人間は黙ってそのような行為は実践していることは知らないようだ。他に貴方はやることがあるだろう。よほど暇なようである。それともトイレ掃除があっているなら、そのまま続けてやっておられたらどうですか。ただし経営戦略局長の職は自ら返上されたほうがよい。一生懸命長野県民のために尽くそうとされている部課長のためにも。   

貴方は紙切れだけの報告という実績だけがほしいのか。報告というものはそのような人間として当然やらなければならない行為、やるべき行為については受けるべきではない。当たり前の行為は当たり前に受ければよいのだ。まず自らがトイレ掃除でも、除雪作業でも、自分が人間として自然の行為であるということが分かるまでやり続けることがよいだろう。

私の言っていることが間違っているなら、いつでも反論してくれて結構。あまり調子に乗らないで本来の局長としての仕事、人間としての心の道を学ぶべきであろう。最もこのようなアドバイスや提言を聞く裁量を持ち合わせていない人には分からないかもしれない。新年早々このような意見をUPすることは悲しいことだ。

今年こそは正道でまっとうな確かな県政をつくらなければ長野県は崩壊してしまう。心して一年を頑張っていこう。良識ある県民の皆さんの確かなご判断に期待したい。

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 2006年・平成18年1月4日今年最初の活動が始まった。佐久市の『年賀の式』に参加した。今年初めてのご案内であったが、昨年まで南佐久郡であった旧臼田町が合併により佐久市となった。そんな関係で南佐久郡から選出されている私もご招待されたのである。合併しても私を選出頂いた一番大きい町であった臼田町、やはり気にもなっていたし、残された課題もあったので粋な配慮に感謝したい。 

 

 三浦佐久市長も年頭のあいさつの中でも触れておられたが、混乱の世の中において強いリーダーシップ持ったリーダーが必要だと、戦国の織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の例を挙げながら語っておられた。三者三様のリーダーのとり方によって動乱期を統治してきた。手法こそ異なったが共通する点は、時の課題を的確に読み取れ、的確に対処をしてきたことである、とのことであった。

 

 長野県にとっても今年は長野県のリーダーを選び直す知事選が控えている。理念や理想を掲げることも大切なことであるが、そのために誰のために何を施策として具現化され、どれを優先に実践していかなければならないのか。的確に判断できるリーダーが求められている。県民の皆さんの的確な判断を求められる一年の幕開けでもある。

 明日から川上村消防団の出初式を皮切りに、南佐久郡の各町村の出初式や賀詞交換会などが続き、私どもの一年の活動がスタートする。気持ちを新たにして県民の皆さんに分かりやすい県議会活動を目指し、無駄のないエコエンジンを積載し、私どもにとっても残された任期をパワー全開して頑張って行きたい。

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 いつも私のHPをご覧頂きありがとうございます。昨年は内外共に大きな自然災害や、残虐な事件など多い年でした。我が

長野県
にとっても決して満足できる年ではありませんでした。とりわけ県民の皆さんの日常生活、事業活動にとってもマイナス面が多かった県政に、県議会議員として是正できなかったことをお詫び申し上げます。今年こそは政権抗争などと言わせない、県民のための県政運営を目指すために努力いたす所存です。今年もよろしくご指導のほどお願い申し上げます。

 

 今年こそは県議会議員と県理事者側と県政について、喧々ごうごうと議論しあっても、『その部分はまだ理解できないが、この部分は納得した。どうすればその溝を生めることが出来るだろうか。』と建設的な議論が出来るような姿を作りたいものだ。そのことが県民の皆さんにとってプラスになり、幸せを生ませることになるのではないでしょうか。『胸襟を開く』まさにこの言葉の通り県のトップの御仁の心も開いていただきたいものだ。

 

 本来の仕事がしたい。これが偽りのない心境である。地元の皆さんや220万県民の皆さんの、切実な願いを時には県職員と激しい議論を重ねながら、少しでも実現できるようなそんな県政にしたいものである。やはり今はワンマンでなく強いリーダーシップの「社長」がほしい。そうすれば監査役的な私どもも余計な神経を使わないで、冷静で沈着な判断をもって県の政に協力できるのではないか。一日も早く本来の正常な県政を望むものである。今年の一年私ども県議会議員にとっても、重要かつ大事な年である。今年こそは天災のみならず、人災こそは自らの手で防がなければならない。そんな良い年にしたいと願うものである。

改めて今年もよろしくお願いいたします。

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