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神聖な知事室の机の上で落語、落ちにおった知事の品位

 私たちの子供の頃、家で机や炬燵の上などに上がれば、親からきつく注意されたものだ。場合によっては愛の鉄拳が飛んできた。学校でも机の上などに上れば先生から即お小言をもらったものである。机の上は学びのためや生きていくための食事や、家族との団欒やご近所や仲間の人たちと湯茶を飲み人と人の付き合いを深めるためなどの神聖なエリアであった。だから注意やお小言をもらったのである。
 
 先頃田中知事はその神聖な知事室の机の上で、諏訪市の落語愛好家に落語をさせたという。落語を聴いた田中知事は「一番笑いが必要なのは県議会。今度は是非議長席の机の上で議員の方々に落語を」と語ったそうである。落語愛好家に文句を言うつもりはないが、あらゆる分野で苦しんでいる県民のための県政を司る司令室でもある知事室の机の上で、落語を遣らせた上に次は県議会でとは知事としての品位も落ちにおったものである。
 
 仮に知事は県民のための知事と自覚がないから、知事室で落語でも何でも遣らせても、次は県議会などと二元大統領制でもある県議会を名指すことは過剰意識以上のものを感じる。かつては知事室で女性を膝の上に乗せ酒を口にするなど、およそ知事室を場末のスナックか売れない演芸者たちが集まる演芸小屋としか思っていない。自分も売れないタレントさん、いや支持率が落ちてしまい、何でもありの田中康夫さんには「神聖」などとの言葉は理解できないであろう。情けないの一言である。
 
 県教育委員会による「高等学校改革プラン実施計画地域説明会」に、第2通学区の説明会場に行ってきた。私が心配していた事実を目の当たりにした。一連の資料説明の後、質疑応答になり最初の質問者が、質問を終わったと思ったら司会者は「それは要望として承ります。」として次の質問者を指名してしまった。恐らく質問者もあっけに取られたことだろうが、私も大声を出し「しっかり質問に答えなさい」と言いたかったくらいである。
 
 明らかに質問者は疑問を呈し、疑問を払拭するだけの回答を得たかったはずである。私が聞いた範囲では、①この高校改革の主人公は誰か。(後に他の質問者が同様の質問をしていた)②高校改革に向けての基本的な方向が見えない。(県教委としては説明しているつもりだろうが、真の方向が県民に伝わっていないことを疑問としていた)③多部制・単位制制度が県民や地域に認知されていない。それをどのように県教委は現実として感じているか。(現に対象校となった野沢南高校は、18年度入学選抜試験で大幅な定員割れとなっている。後で現場の中学校の先生も進路指導の際、考え直しなさいと指導したことも告白されていた)④県下4ブロックに1か所ずつ多部制・単位制高校を設置するとしているが、この地域で本当に必要としているのか。少なくともこの4点は県教委の考えを聞きたかったであろう。現に私も県教委は答えるだろうと思ってメモをし答弁を待っていたのである。見事に空振りであった。
 
 このほかにも生徒からの現実的な不安を質問しても納得させられるだけの答弁はなかった。実施計画年度を一年遅らせたから良いではない。実施計画説明会を実施したからよいではない。高校改革を進めるには時間をかけ、これから志望してくる中学生と保護者、その進路相談に乗らなければならない教師、高校の形態が変わる、あるいは高校がなくなる地域の住民、その地域の市町村の関係者に、丁寧に十分の説明をし意見交換をかさね最大公約数を見出すべきであると思う。

 実施計画の説明を一生懸命に実施しているぞという姿や格好は分かるが、残念ながら県教委の考え方の理解を得るだけ真意は読み取ることは出来なかった。私の心配していた推進委員会の説明会と同じように、県教委の一方的な考えの押し付けを終止するだけでは、長野県が必要とされる真の教育改革は、混乱を残すだけで実を結ばなくなるであろう。