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 30日 県議会文教企業委員会の現地調査が東信地区で実施され、13時から立科町の蓼科高校で行なわれ、地元県議として出席した。調査の前に蓼科高校同窓会とPTAから、「蓼科高校と望月高校の統合に向けて」陳情があった。一瞬間違いではないのかと思ったが、間違いでなかった。いろいろ過程で苦しんだが統合に向けて合意されたとのことであった。両校関係者の苦悩を乗り越えての決断に敬意を表したい。

 今後は村井知事によって統合に向けて一方の高校の募集停止をするため、条例に基づき県議会に提案され、県議会において同意して初めて統合高校と決定される。統合高校としての県教委の強引な指導の下であったが、学校体験訪問など19年度に向けて生徒に説明をしなければならないことは理解できる。どうなるのか分からない中で説明は大変ご苦労があったことと思われる。

 現地調査の説明資料の中に「(平成19年度生と募集)蓼科・望月統合高校」の冊子を見て驚いた。いつ統合高校になったのだろか。前述の通り県議会の議決要件ではなかったのか。少なくとも「予定」なり、「県議会の議決を得た後」など付記がなければおかしいではないか。県教委の神経が理解できない。議会軽視も甚だしい。

 現場の中学生や受け入れる高校現場を考えたとき、混乱をさせたくないと言う配慮は分かる。だからと言って強引で拙速な高校再編を進めるべきでないと指摘をしてきたのである。地元合意ができて議会の議決を経て、その後に該当する中学生に説明に入ることが手順ではないのか。県教委が言葉だけは「中学生や現場を混乱させたくない」と言いながら、県教委こそがそれらの当然の手順を踏まない行為こそが混乱を起こしていることになっている事を知るべきである。

 県教委の見るべき視線の先が中学生でなかったことが、結果的にこのような条例違反を犯すことになっているのだ。どう説明されるのだろうか。コレも田中知事が中学生まで巻き込んだ、重い置き土産となって今後の教育行政に苦しみと汚点を残してくれた。改めて確認をしておきたいが、私たちは高校改革を進めるべきとの立場である。高校再編を反対しているのではない。その手法手段に問題ありと指摘していることを忘れてはならない。

 各種審議委員会の委員なども本来なら新しい知事の下で選任されるのが順当なことであろう。それが礼儀でもあると思う。しかし、知事選挙で敗北した田中知事が本日をもって退任するというのに、ほとんどの委員会審議委員会の委員を選任していた。退任してからも自分の意向を示したいというのだろうか。常識ある人間であれば、間違いなく新しい知事に選任を託すであろう。しかも、今日付けで職員の昇格人事までしているのだ。常識を通り越し奇人としかたとえようがない。

 今(31日午後3時)、庁内テレビで田中知事と一般県民の皆さんとお別れ会を、ガラス張りの知事室で行なわれている。中には縫いぐるみを着た人(県職員か?)と記念撮影をしているようである。人気があるというより異様な風景である。
本来なら「ご苦労様でした。」と私もお送りしたいが、余りにも卑劣なやり方に言葉も出ない心境である。素直に送れる心境ではないのは私だけではないと思う。

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 田中県政もあと2日を残すだけとなった。先日、最後の会見が行なわれた。田中康夫さんらしいと言えばそうであるが、長野県知事として最後の会見となれば、やはりコレでよいのかと思わざるを得ない。もっと真面目に6年間の総括をするべきではなかったのか。最後までスター気分で、まるで知事選挙に勝ってやめていくようである。あえて湿った会見をする必要もないが、最後まで県民をはぐらかしながら去るつもりのようである。  

 検証委員会の報道は仲間のHPでも取り上げていたが、25日に私のところへ「検証委員会について」メールが届いた。私たちが指摘したとおりの、結果ありきの、まさに公平性を欠けた田中康夫擁護の委員会であったと言える内容である。メール送信者の了解が得られたので以下そのメールを紹介してみよう。

高見沢 様                                         

                                           ●●●●●

 5月18日頃、検証委員会への出席について、澤田副知事から電話で依頼があったため、正式に文書で行うべきとしたところ、翌日速達で文書が届きました。内容は、5月25日に都道府県会館で委員会を開催するので、午後1時40分から30分程度、出席しろとの事でした。警察の事情聴取中であり、また、発言がどの様に取り扱われるのかも全く示されない事と、30分程度の聞き取りとは何のために行うのかが見え見えであり、更に、30分のために東京まで出てこいと言うことが余りに理不尽と考え、長野で開催するよう指摘し、出席をお断りしました。

 その後、全く何の連絡もなく、いきなり今回の報告となったことに、大きな憤りを感じています。そもそもが、答ありきの委員会とは思っていましたが、余りにも露骨すぎます。知事の「指示していない」との一方的な言い訳を、真実と認定した根拠は何なのか?司法の捜査が進んでいる時に、あえてこの様ないい加減な報告書を出す、委員達とは一体何なのか? いつものように、委員会という隠れ蓑によって、強引に真実を曲げようとする姿に、改めて、「村井新知事」誕生の必然性を強く感じております。

 少なくとも、県民の税金で調査を行うならば、形だけでも公正性を確保することが大前提と考えますが、今回の委員会活動は、これさえも無視したものとなっております。特に、委員の中に、公正性を確保すべき監査委員が含まれながら、この様な活動を税金で賄おうとする事に「田中県政」の真の姿が見えています。「田中康夫」を個人的に支援するための活動に、県民からお預かりした税金は一円たりともあてるべきではないと考えます。 ○○○○○○ ○○○○○。 

 先日もこの検証委員会について私の考えを述べたので、今日はこれ以上意見を述べるつもりはないが、報道の皆さんはこのような事実も承知で発表されたのだろうか。もし、そうでなければ改めて真相を調査され、事実を県民の皆さんに明らかにされたらいかがであろうか。

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 今日の各報道では一斉に百条委員会の結果に対する、公文書破棄等に関する県独自の検証委員会の結果が発表されたと報道された。私は検証委員会設置の際も、何故県が県費を使って独自に設置しなければならないのか疑問を呈した。そのとき既に県や県議会から離れ捜査機関に委ねているからである。もっと早い段階で検証されることは理由も付けられたかもしれない。現在に至っての検証結果報告は捜査機関に対しても失礼なことであろうし、不当な圧力をかける事にはならないか。

 百条委員会も違法の可能性の事実が認められたから告発に至っているのである。でも、田中知事に対して違法性がないとの結論は今の時期に報告されることはいかがなものか。また検証委員は長野県の実態を掌握された上で検証が行なわれたのだろうか。確かに一連の流れから見れば本来、法的には知事に権限が及ばないかもしれない。当然公文書公開請求に基づき担当部課長で処理できる問題であり、公文書を公開すれば終わっていたはずである。また担当された上司も公文書破棄の指示は当然出す必要がなかったはずである。しかし、「公開できなかったこと」「公文書不存在と発表したこと」は紛れも無い事実である。

 当時の長野県の実態はどうであったか。すべて田中知事に報告し、知事の決済が必要とされていた。公文書破棄に至るまでをタイムリーに、克明に報告されているメールが、知事に送付されていた事実を見ただけでも明らかである。
その実態を考慮しないで現実の結果のみを検証し判断するのは間違っている。それでは「トカゲの尻尾きり」のみで終わってしまうだけである。職員を犠牲にして自分は法的に問題がないからと言って逃れるわけには行かないだろう。暴対法も組員の行為は、組長の暗黙の指示の中で行なわれるとして、組長にも責任が及ぶ昨今である。自治体においても膨大な権力のある知事等が、「知らぬ 存ぜぬ」と責任を回避することはあってはならないし、220万の県民を欺く県政手段を許すことは出来ない。

 ある報道では「知事選が迫っていたこともあり、政争の具と受け止められたことは否めない」と指摘していた。この報道機関も現況を正確に把握されていない結果での報道である。確かに12月までに結論を出したいと始まった百条委員会であったが、大幅に遅れたしまったことも否めない事実である。当初民主的かつ平等に尋問をするべきと、委員に時間を平等に割り振り尋問を行なった経緯はある。そのことによって重複した尋問も重なり日程が延びてしまったこともあった。更に調査を重ねるたびに新たな疑問や事実も発覚し、多くの証人を呼び尋問をしなければならなくなったことも事実である。せめて知事選挙に影響のないようにと、2月定例会には結論を出すべきと精力的に委員会を開催してきたことも事実である。最初から知事選挙に影響をと考えて百条委員会を設置したものではなかったはずである。客観的情況をよく把握されて報道するべきであろう。むしろ「政争の具」と言わしめたことは報道機関ではなかったのか。

 もし、知事選挙に影響があったとするならば、百条委員会で調査された事項も含め、知事の日常の県政運営に「NO」と判断した県民がいたと言うことである。それは選挙民として正しい判断を下したことになる。

 県職員の多くは権力者・田中知事の意向を、日常の業務の中で仕方がなしに受け入れ、本来の正義を押し殺して執行の手伝いをしていたのである。それは職務義務があるからである。それを拒否して職務義務違反で解雇されれば明日からの生活が窮するからである。その位の事は平気で行なう知事であったからである。(一部ではそのようなことをほのめかされた職員もいたと聞いている。頻繁に行なわれた理由の分からない人事異動を見ても脅威を感じていたはずである。)

 県政の透明化を重い課題に残したのは、紛れもなく田中知事であったはずである。このような結果は検証委員会設置の段階で読まれていたはずだ。県知事を辞めるに当たっても尊い県費を使って、自分を正当化させる手段こそ糾弾するべきではないか。いずれにしても長野県民が知事を県民の意思によって審判を下されたからには、後は臭い物に蓋をしたままでよいと済まされる問題ではない。ここは外野からものを言うのでなく、捜査機関や司法の結果を静かに待つことが賢明ではないだろうか。

 県政の透明化は本来、田中知事が反省の念があれば既に再発防止の策をしていたであろう。不透明な県政運営の行為を認めない田中知事の元では無理な話である。透明化の重い課題は田中康夫氏個人が今後の人生の中で背負っていくことであろう。知事が交代した時点で透明な県政となり、再発防止は速やかに行なわれることであろうと思う。

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 22日今日は「人口が減少していく長野県にとって、どのような課題が考えられ、どのような対策を講じるべきか」、改めてこのテーマの復習しながら政務調査をした。知事交代前ということもあって議会棟も静かであった。おかげで調査活動もはかどることが出来た。  

 それにしても職員の覇気が心なしか変化しているように思えた。本人たちは以前から同じように誠意を持って対応していると言うかもしれない。しかし私たちには微妙に変化が伝わってくる。よい傾向であり拍手を送りたい。  

 あるマスコミの記者と意見の交換をした。県議会として変化があるか、と言う問いに対し次のように答えた。田中県政のときにおいては、どんなに施策や県政運営の仕方などに意見や提案をしても、ほとんどはぐらかされて来た。必然的に何故答えないのか、もっと誠意を持って答えるべきだ。などと攻めるだけの質問内容となっていた。  

 県民益を考えたとき知事の考え方・手法を質そうとするための調査・学習が多くなっていたような気がする。しかし今後は聞く耳を持つといわれる村井知事には、共に県民のための施策を進めるために、いかにあるべきか、どのようにすれば実現可能となるのか、前向きな質問が多くなると思われる。攻めるだけでなく施策を実現するために協働しなければならない。そうなると中身の濃い、議員にとっても責任ある施策を提案していくことになる。だから、今まで以上に密度のある調査・学習が必要になるだろう。と・・・・  

 言ってみてから自分自身、身の引き締まる思いがした。よい協働活動が出来ればよいなと、改めて思った。  

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 19日の「トシミツTIME’S」の活動報告の中で『会議の途中で共産党県議団が田中知事に「高校再編について一時凍結」するよう申し入れをしたとの話が入ってきた。』『「高校再編について一時凍結」をと、あと実働10日ばかりの田中知事に求めたことはどのような考えからであるのだろうか。』と記載をした。毛利議員からご指摘を頂き確認したところ凍結を申し入れたのは田中知事でなく「県教育長」であった。報告の記載内容に一部間違いがありましたので訂正をしてお詫びいたします。

 事実を確認しないで記載したことはお詫びをし、今後十分気をつけていきたいと思う。しかし、その記載した文言を除いた私の見解は偽らぬ気持ちであり、訂正するつもりがないことをご理解いただきたい。むしろこのようなお考えがあるならば「何故」と疑問が増幅するのみである。

文言の間違いは間違いで重ねて訂正し、お詫びを致します。

 

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 17日、志昂会総会を開催した。9月定例会に向けて村井新県政に対する志昂会としてのスタンスなどを協議した。まずは村井新知事が初議会でどのような所信演説をされるかであるが、少なくとも今までのようなパフォーマンス的サプライズな言動はないと思われる。県議会ともしっかり議論しながら良好な県議会対応をしていきたいとの意向であるので、しっかり聴いた上で対応することとした。
 
 ただ、代表質問や一般質問にあたっては、田中県政と違って信頼関係が土台にあるだけに、思い切った提案提言が出来ることが期待できるものと一致した意見であった。今まで以上に学習と研修視察、現地調査などを実施し、より県民の皆さんの意見を聴取することが必要であろうとの認識を持った。今までと違って前向きな学習が出来ることは県議会議員として喜ばしいことである。県外視察も今まで志昂会として取り組み研修を重ねてきた、「新エネルギービジョン」に関係する問題について、今までの研修結果から出ている課題を解決するために先進地の研修をすることとした。

 県職員やマスコミの皆さんに行き会っても、どことなく顔がほころびているように見えたのは私だけではないはずだ。会議の途中で共産党県議団が田中知事に「高校再編について一時凍結」するよう申し入れをしたとの話が入ってきた。まず聞いてすぐ「おかしいじゃないの」と思った。田中知事に対し高校再編問題について、ことごとく意見が対立していたはずである。高校の統廃合・廃止の場合、募集定員決定の前に議会の同意を得なければならないとする「県高校設置条例」の条例改正を提案したのも共産党県議団であったはずだ。だから当初田中支持でなく自主投票であったのではないか。前自民党の国会議員だったからの理由等で田中指示を明確にされたことは記憶に新しいと言うより残念であった。

 今まで一緒に田中県政に対し、共に是々非々で会派の立場も尊重しながら活動を共にしてきたのである。今までに無い共産党県議団の姿に接し、県議団長に対しても信頼と尊敬の念を持ったものである。突然に見解が変わったことに驚きと共に信頼の糸が切れる思いもした。村井さんは途中からではあったが「高校再編の一斉実施に慎重な発言」が多くなっていた。田中さんは選挙中もあくまで実施計画に沿って来年から一斉に行なう意思を示していたはずである。にも拘らず共産党県議団は「田中支持」をし、前面に出て支援してきたのではないか。

 しかも一斉実施のために選挙結果にかかわらず任期中に「臨時県議会」を開催するとも合同個人演説会で言明していた。しかし、落選した後田中知事は「新しい知事のもとで、ご検討いただくことが望ましい」と選挙後の会見で述べている。これらの行為(地位利用的発言など)について今更とやかく言うつもりはないが、これらの経緯から通常冷静に判断すれば、新しい村井知事のもとで議論をし、判断を促していくことが自然の姿であろう。

 そのような情況の中で「高校再編について一時凍結」をと、あと実働10日ばかりの田中知事に求めたことはどのような考えからであるのだろうか。非常に理解に苦しむ。現場の中学生や学校現場の皆さんのことを慮ってのことは理解できるが、信義的にも物理的にも何故今この時期に、何故この人に求めなければならないのであろうか。今まで他会派の行動について意見を述べることは控えてきたが、今回だけは共に無理難題な事項も常に議論を深めながら、共産党県議団も含めお互いに譲歩できるところは譲歩しあい、一致点を探りあいながら県民のために課題を解決してきただけに残念の一言に尽きる。この際は新しく県民が審判を下して誕生した「村井知事」に、その判断を求めることがよいのではないだろうか。

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 知事選挙の後、議会運営委員会の県外視察研修が行なわれ、そのままお盆休みに入った。多様な行事等で休んだのかどうか分からなかったが、明日からは本来の議員活動にもどることになる。明日は早速志昂会総会を開催し、9月定例会に向けてと県外視察について協議を行なう。

 この間、テレビ新聞等多くのメディアにおいて、田中県政後の村井県政について県議会との対応の仕方、知事部局への県会の介入の度合いなど報じられていた。「県議会との馴れ合い政治」「自民党色の強い県政運営」「県議会主導の県政」など、言いたい放題の意見が勝手に飛び交っていた。また、「予算配分が“親村井”県議に左右されるような県政は決して理解されない」と(田中氏を支持した)県議が心配しているコメントも載っていた。

 馴れ合い政治など出来るはずが無い。失礼ながら少なくとも新人県議は、それらも含めて県政改革を訴え当選してきているのだ。「県議に左右される県政」も考えられないことだ。むしろ今までのほうが一部の県議の言うことは「予算化」されてきていたのではないだろうか。村井知事は意外と頑固な面が見受けられる。堅実で誠実な姿勢で長い行政・国会議員の経験からして、県民にはっきり分かるような“おつかみ予算”はしないであろう。むしろ正々堂々と真っ向から議論をしながら県民の意見を反映させていくであろう。

 当然のことながら心配されているような県政運営が見られれば、私どもは黙っているはずがない。村井知事に県民の皆さんに利益にならない行為は、今までと同じようにいつでも県議会議員の権能を十二分に使わせていただくつもりである。そして超党派県議により新知事に対しても、不当に村井県政に介入しようとする県議にも、より一層チェック機能が果たせる研究もしていく必要もあると考えている。

 田中知事と違って「はぐらかし」や「不誠実」な受け応えはしないはずである。私どもも残された任期は少ないが要約、本来の県議会議員らしい議会活動が出来そうである。何故か初当選し初県議会を迎えるような心境である。初心に戻って県民の皆さんのために、充実した県議会活動を同僚議員と共に頑張っていきたい。

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 10日、二日目の県外視察は三重県議会での議会改革について視察をした。志昂会でも以前に企業誘致(シャープ)の成功例等を調査したことがある。今日は昨日と同じテーマについて調査をした。若干ムリもあるのかなと思う点もあったが、議会改革については一日の長があり、学ぶことは多かった。

 議会改革の意欲と積極性は、やはり視察の価値があり先進県であるとことには間違いが無かった。しかも県議会と職員と共に県議会の改革のみならず、県そのものの改革につながっていることが素晴らしいと思った。やはり県議会と県は車の両輪のごとく、両者が県民のために議論を戦わせながら協働作業を推進していかなければ、県民のための改革は出来ないと改めて実感させていただいた。
 
 だからこそ今回の知事選挙は大切な審判を下したことになる。今度こそ県民の皆さんのための議論展開が出来ると確信できる。今までのような県及び県知事と派手なやり取りはないと思うが、少なくとも真剣な議論のやり取りにおいては挫折感はなくなると思う。県民の皆さんから見れば物足りなさはあると思うが、必ずや県民の皆さんにプラスとなることは間違いがないだろう。

 シャープ亀山工場も3回目の視察であるが、来るたびに工場も拡張され、周囲も関連工場が充実されていた。90億円も負担しても4年で三重県は元を取り、今や県税収入は県民の皆さんに大きな恩恵となっている。視察結果を必ずや長野県に反映できるよう今後もより一層努力したい。県知事も変わったことでもあるので・・・・。

新知事に、節度を持って向き合うべきだ

 ネット上で長野県のニュースを見たら「新長野県政連絡協議会」の皆さんと新知事と意見交換をされたと言う。そのこと自体は多くの人たちと意見を交わすことについて何ら異論はないが、引き続き2ヶ月に一度会を開くとのことである。県庁村以外からの情報を提供したりアドバイスをされることはよいとは思うが、昨日も触れたように圧力団体になってはならない。

 知識者の集団ゆえに村井県政に必要以上に踏み込む事のないよう望むものである。2ヶ月に一度は多いのではないだろうか。折角、誠実で堅実な村井県政が誕生したので、伸び伸びと県民のために村井カラーを出していただきたいものである。早急ににやらなければならないことはすでに新知事も言明されている。院外で物事が決まることのないよう重ねて要望させていたきたい。

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 8日、久しぶりの志昂会総会を行なった。お互いに新しい長野県の将来を目指して、それぞれの地域で汗を流してきた数週間でもあった。お互いの顔を見れば安堵感と満足感、そしてこれから始まろうとしている新しい県政に対する緊張感が入り混じっていた。ただ真っ黒に日焼けした顔が、数日間努力した結果が証明されたかのように喜びの顔でもあった。

 選挙の結果をお互いに評価した後、早速これからの村井県政に対する取り組み方について協議をした。あくまでも「是々非々」で向き合い、県民のために今まで受け入れてくれなかった提案を積極的に行なっていこうと確認をした。併せて大幅に変更を余儀なくされた日程の調整も行ない、ささやかな祝杯を挙げた。お互いに気分も良かったが、久しぶりの酒の席だけに誰ともなく酔いが早く回った。

 悪政田中県政を打倒に汗を流しただけに、今後は県議会が圧力団体とならないよう気をつけていくべきであろう。村井県政に対して遠慮することはないが、見えないところでものを言い村井県政の足を引っ張らないで、清々と県民のために見えるところで議論展開をしたいものである。それが本来の執行者(知事)と県議会とのあるべき姿(車の両輪)であると思う。

 9日、県議会活動が始まった。議会改革等について県外視察を愛知県議会で視察を行なった。①県議会の広報について、②分権型社会に向けての取組状況について、③議員の海外派遣調査について愛知県議会の取り組みについて調査を行なった。県議会の広報については平成13年5月臨時議会から、在県民間テレビ局を通じて生放送を開始しているとのことであった。開かれた議会と言いながらも、県民の皆さんにありのままを説明することは困難である。生放送こそ真実を伝えられると思う。少なくとも田中県政については、一部のCATV網だけでなく民放を通じて全県民が視聴されていたならば、もっと県民の皆さんに理解されていたのではないかと思った。

 特に分権型社会についての取り組みは積極的に取り組んでいた。県側においては「分権時代における県の在り方検討委員会」を設置し、その報告書もまとめられていた。議会側も各会派で政務調査委員会を中心に検討をされ、それぞれの政策の中で知事に提言をされるとしている。また、まだまとめをしていないとしているが「地方分権・道州制調査特別委員会」も設置し検討を始めている。中央でも検討しているだけに、我が県もあらゆる角度から研究も必要であると感じた。

明日は三重県議会他を視察し、三日目は岐阜県議会を視察する予定である。ようやく県議会の調査モードにシフトが切り替わった初日の研修であった。
(愛知・栄東急インにて)

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 2006年8月6日、新しい長野県の幕開けとなる新リーダーが決まった。得票が612,725票対534,229票、僅差でなくはっきりと田中ノウと県民の皆さんは審判をくだした。「村井仁新知事」当選おめでとう。長野県民は最初の2年間はともかく、最後の4年間の田中康夫氏の私物化県政に苦しめられ、誠実で堅実な新しいリーダーを求められていただけに、良識ある長野県民が大勢いたことに喜びを感じている。ともかく、一緒に戦い間違いの無い審判を下した同士の皆さんに「ありがとう。ご苦労様。」と感謝の気持ちを精一杯お伝えしたい。

 田中前県政の功罪については様々な人が今後も検証され語り続けられると思うが、「罪」の多かった前県政の悪癖を悪戯に追うのでなく、正しい検証のもとで公平に県民の利益を最優先することが大切であろう。田中康夫氏の「罪」は大小にかかわらず、機関において裁かれるものは裁かれ県民の皆さんに明らかされていくことであろう。しかし、もうすでに県民の皆さんは裁かれたのである。

 県民の審判が下された田中康夫氏は8月31日まで任期がある。お盆をはさみ残り15日ほどの期間であるが、よもや人事や組織を動かすことはないと思われるが、また臨時議会などとサプライズな県政の置き土産はしてもらいたくないものだ。良識ある県政運営のもとで任期を全うしてもらいたいものである。

 いずれにしても壊されることはストップできた。壊された長野県を創り直す事は容易でなく、時間も掛かることであろう。220万県民のためにお互いに真剣に取り組んでいかなければならない。私たち県議会もまともに議論が出来ることに改めて喜びを感じている。勿論「後戻り」することはありえないし、県議会も今日から新知事に対し「是々非々」で向き合うつもりである。今までは田中氏の巧みな言葉遊びに負けないように勉強してきたが、これからは県民の皆さんのための長野県づくりのための勉強を更に積み重ね、悔いの無い県議会議員としての務めを果たして行きたい。

 重ねて良識ある県民の皆さんと同士の皆さんに、「新知事誕生」に向けてご奮闘いただいたことに感謝申し上げ、ともに喜びを分かち合いながら、明日の新しい長野県の再生の夢を見ながら、久しぶりに心地よい疲れをとりながら休みたい。「皆さんありがとう」

 

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 滋賀県の新しく就任した嘉田知事は、マニフェストの掲げた項目のいくつかを見直しをするとのことである。その見直しの項目を見れば「小中学校の少人数学級の実現・職員の一割削減・人件費の二割削減、更に選挙戦で一番焦点になっていた『新幹線新駅の予算執行を停止する』としていた」それらを見直しすると言う。

 すべて有権者にしてみれば投票の判断をする重要項目であったはずである。それらを深い議論もせず見直しや方針転換をしたのである。しかも「有権者を欺くものではない」「大きな組織や権力を持たない新人が、限られた情報や時間で作成した」だから見直しはやむを得ないとのことである。コレを欺むいていないと言い切れるだろうか。

 少なくとも議員と違って首長のマニフェストは、その首長が出馬している自治体の将来あるべき姿を示しているのである。有権者は当然そのマニフェストなり言動(街頭演説や記者会見、討論会など)を聴いて投票行動を起こす人も多い。出来ないことでもいかにも出来るような公約を有権者に示せば、その約束事を信じて、来るべき市町村や県の将来像を描き支援することになろう。新人だからといって逃れるものではない。勿論現職が挑戦する選挙であっても許されないことである。

 為政者なればこそ誠実さを失ってはならない。確かに自らの公約も見直しをしなければならない場合も出てきても不思議ではない。しかし、十分時間をかけ議論を闘わしてからでも遅くはないはずである。当選してしまえば何を遣ってもよいと言うものではない。我が長野県でも言葉だけ先行して実行が伴っていないことも多く見受けられた。滋賀県だけの問題とせず、我が県も現実をよく注視して8月6日を迎えるべきであろう。

 最近疑問に思うことが沢山ある。その一例を挙げてみよう。住民から(県民の)たとえば児童館など強い要望を受け、市町村は県や国に事業の補助金を申請される。県は財政難を理由に不採択とするケースが多い。事業は市町村単独になるか継続事業として翌年に回すことになる。(コレが水平協働・水平補完と言えるだろうか)しかし、先日の辰野町の国道153号線陥没災害現場では、仮復旧なのに鋼板ガードレールでもなく木製ガードレールが設置されている。本復旧までの間バリケードか安全ロープでも良いはずである。

 方や住民の要望でありながら財政難の理由で補助金も出せないでいながら、片方では必要としていない贅沢品を使用している。ムダ使いも度が過ぎていると思う。県の財政と予算の使い方を知らないわけでもないはずであるが不自然である。土木部は仮復旧のあとは本復旧をしなければならないことは分かっているはずである。その仮復旧箇所に木製ガードレールなど設置する考えは無かったはずである。職務代理者を置かなかったことにより、執行者なのか候補者なのか混同され、いらぬ疑いの目で見られてしまう事も仕方が無いことなのかもしれない。

いずれ、3日後は審判が下される。

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