現在位置:ホーム»としみつTime'sトップ»記事別ページ

為政者なればこそ誠実さを忘れてはならない

 滋賀県の新しく就任した嘉田知事は、マニフェストの掲げた項目のいくつかを見直しをするとのことである。その見直しの項目を見れば「小中学校の少人数学級の実現・職員の一割削減・人件費の二割削減、更に選挙戦で一番焦点になっていた『新幹線新駅の予算執行を停止する』としていた」それらを見直しすると言う。

 すべて有権者にしてみれば投票の判断をする重要項目であったはずである。それらを深い議論もせず見直しや方針転換をしたのである。しかも「有権者を欺くものではない」「大きな組織や権力を持たない新人が、限られた情報や時間で作成した」だから見直しはやむを得ないとのことである。コレを欺むいていないと言い切れるだろうか。

 少なくとも議員と違って首長のマニフェストは、その首長が出馬している自治体の将来あるべき姿を示しているのである。有権者は当然そのマニフェストなり言動(街頭演説や記者会見、討論会など)を聴いて投票行動を起こす人も多い。出来ないことでもいかにも出来るような公約を有権者に示せば、その約束事を信じて、来るべき市町村や県の将来像を描き支援することになろう。新人だからといって逃れるものではない。勿論現職が挑戦する選挙であっても許されないことである。

 為政者なればこそ誠実さを失ってはならない。確かに自らの公約も見直しをしなければならない場合も出てきても不思議ではない。しかし、十分時間をかけ議論を闘わしてからでも遅くはないはずである。当選してしまえば何を遣ってもよいと言うものではない。我が長野県でも言葉だけ先行して実行が伴っていないことも多く見受けられた。滋賀県だけの問題とせず、我が県も現実をよく注視して8月6日を迎えるべきであろう。

 最近疑問に思うことが沢山ある。その一例を挙げてみよう。住民から(県民の)たとえば児童館など強い要望を受け、市町村は県や国に事業の補助金を申請される。県は財政難を理由に不採択とするケースが多い。事業は市町村単独になるか継続事業として翌年に回すことになる。(コレが水平協働・水平補完と言えるだろうか)しかし、先日の辰野町の国道153号線陥没災害現場では、仮復旧なのに鋼板ガードレールでもなく木製ガードレールが設置されている。本復旧までの間バリケードか安全ロープでも良いはずである。

 方や住民の要望でありながら財政難の理由で補助金も出せないでいながら、片方では必要としていない贅沢品を使用している。ムダ使いも度が過ぎていると思う。県の財政と予算の使い方を知らないわけでもないはずであるが不自然である。土木部は仮復旧のあとは本復旧をしなければならないことは分かっているはずである。その仮復旧箇所に木製ガードレールなど設置する考えは無かったはずである。職務代理者を置かなかったことにより、執行者なのか候補者なのか混同され、いらぬ疑いの目で見られてしまう事も仕方が無いことなのかもしれない。

いずれ、3日後は審判が下される。