現在位置:ホーム»としみつTime'sトップ»記事別ページ

相変わらず意味不明の発言だった田中氏

 19日 遅い夕食時に妻のつけたテレビに目を向けてみた。何ヶ月ぶりに田中康夫氏をブラウン管越しに見た。テレビのテロップなどで「前長野県知事」と強調されていたことに何故か抵抗を感じた。それはとも角、相変わらず多弁で意味不明の言葉が続いていた。食事が終わるまでと我慢をして耳を傾けてみた。

 議員の報酬に関しての話題では、仕切りと「議員は家業を持っている」といっていた。だからサラリーマンしながら議員もやれる、というようなことも言っていた。県議会議員の現実を知りながらよく言えると思った。確かに家業を持っている議員もいる、専業の議員もいる。今の世の中会社の経営はそんなに甘くはない。企業を人に迷惑をかけないように継続していくことは大変なことである。そのために自分の代わりとなるべき人に託し、その上で県議会活動に全精力を傾注することとなるのである。当然のことながら会社の報酬はゼロかゼロに等しい議員も多くいる。

 県議も知事も報酬はそんなに代わらないとも言っていたが、4年間の知事の報酬プラス退職金と、退職金のない議員の報酬とは大きな差がある。「政治はボランティアである。政治は恋愛だ。」とも言っていた。ボランティア的心がけは必要であるが、ボランティアで政治が出来るだろうか。長野県をどうする、地域をどうするか、県民の夢を叶えるにはどうするか。途中で放り投げるわけにはいかないのである。議員は常に県民や地域の現状と問題点を捉え、強い信念と勇気と奮起が求められているのである。その上で時には住民に訴え説得などしなければならない。前知事のようにでまかせの言葉を発し、結果は知らないよ、では済まされないのである。前長野県知事の立場で出場するならば、責任ある発言をしてもらいたいものである。望むほうが無理かもしれないが。

 権力を得てきて、知事の座に更に座りたいと思わなかったか。との質問に「僕はなかった」・・・。私はあきれて言葉も出なかった。知る人は知るで良いかもしれないが、くだらない低俗な番組を見てしまい、食事中の時間つぶしといえども、大きな損をしたような気がした。