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  27日 国民がどこにいても等しく生活が営むことができるために、暮らし経済を始めすべてを託し国政に代表を送り出している。その国会議員に関わるニュースは毎日テレビ・新聞等で知ることができる。その報道は県議会議員としての経験からしてもほんの一握りだけである。今日本に課せられている課題は山積している。大震災の復旧復興、東電の原発事故の収拾と電源の供給問題、デフレの中の経済対策、日本の財政問題、挙げ始めれば切がないほど出てくる。しかも、どの課題をとっても長年議論の対象にしてきたが何一つ解決していない。マスコミに取り上げられていない部分で、各委員会等で熱心に審議されていることと思われるが、解決の糸口ですら見えてきていない。本当にこれでよいのだろうか。

 野田総理が外交デビューをして、無難にこなしたと言われるが、諸外国から見る日本は既に過去の経済大国としてのリーダーと思われていない。小さな領土の日本国の周囲は、中国・韓国・ロシアなどが日本の領域を、堂々と表面から脅かしている。民主党政権の野田総理の誕生に国民は最後の期待をしていたはずである。まだスタートしたばかりでその手腕は計り知れないが見つめざるを得ない情況である。このように国内外に多くの問題を抱えているのに、日本の国会はそれらを知ってか知らないか(当然知り尽くされていると思うが)、小沢問題一つも解決できない。

 時の国政を担当する政権与党が日本の政治をリードできない時は、野党第1党が政権を担当し日本の窮状を救っていくと言う2大政党制、そうであったはずである。民主党政権の現状は衆知のとおりであるが、次の政権を担うべき野党第1党の自民党も、全く現状の日本の情況や国民の生活経済を本当に考えているのかと疑わしい。確かに一部の役員は政策を訴え少なからず国民の期待に応えようとしているが、自民党も人事問題で揺れ動いている。その人事問題も国民不在の党内派閥をむき出しにしているだけである。これでは国民は次こそ自民党に再度政権を託して日本を立て直してもらおうと言う気持ちにはなれない。派閥の領袖たちこそそう入れ替えして、国民のための本来の政治を取り戻していただきたいものである。

 今は、民主党も自民党も挙国一致の精神で現状を乗り切るべきときと思う。外野でただ「たわごと」を言ってるだけでなせけなく思うが、本当の救世主の登場を期待したい。

 

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 21日 牧野光朗飯田市長と阿部守一知事が20日午前、県庁で会談し牧野市長は、郊外駅案の受け入れを正式に報告したという。私は以前に、この事について考えを述べたが当然の結果であると思う。むしろ判断が遅かったと思われる。飯田現駅周辺におけるリニア新駅構想は、補償費を含む建設費は郊外駅型に比べ数倍高くなる可能性があり、地形的にも物理的に無理があった。それを無理に推し進めてきたことは、最終決定されるであろう新駅周辺の飯伊地域全体の地域振興策にブレーキをかけてきたことになる。遅きに失したとは思うが、本気になって長野県のリニア新交通網として取り組んでいただきたいものである。

 牧野市長がこの決断に至る経過の中で、小池県議を中心に飯伊地区出身議員が、判断を決めかねていた市長に勇気ある発言と行動をとったことは大いに評価できるものである。県議は地元の要望を丸呑みして行動するのでなく、地元の将来や諸事情を考え、あえて地元の要望意見と異なる判断をすることは地元の将来を考えてのことであり、県議として本来の役割であると私の持論である。その点、県議たちが取った行動に拍手を送りたい。県も長野県の新交通政策を構築する方向である。あわせて、地域モンロー的な手段手法の考え方でなく、東信地区から中南信への交通アクセスは良好とは言えないだけに、それらも含め県全体を考えた新交通網の見直しを図られることを願いたい。本日から始まる9月定例会においても、大いに活発な議論を展開されることを期待したい。


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 9日 5日のこのブログ(トシミツタイムズ)で信州型事業仕分けについて掲載したが、その際県議の皆さんのブログに掲載がないと紹介したが、改めて県議のホームページを見させていただいたら、取り上げていただいていた。それぞれ事業仕分けのあり方について疑問を述べておられ、関心を持たれていたことは感謝したい。無礼な記載文に対してはお詫びを申しあげたい。突っ込みの足りない部分は9月定例会以降の県議の皆さんのご活動に期待したい。

 3日間行われた「信州型事業仕分け」の結果は、50事業の中で4事業は細かく分けて判定したため判定件数は計55件だったという。「抜本的見直し」4件のほか、32件で事業の手法や内容の一部見直しを迫る「要改善」と判定する一方、18件を「現行通り・拡充」とし、「不要」の判定はなかった。(信毎から引用)「県民判定人」は短時間で判断は難しかったとコメントされていた。いくつか取り上げてみたいが、私がかつて委員会で取り上げた問題で、防災ヘリ事故防止に関わる面から「防災ヘリ維持管理費(1億1172万円余)」に関連して安全対策と、山岳登山事故の減少に向けた対策について取り上げたことがある。今回の事業仕分けにおいて「山岳遭難防止対策協会(遭対協)負担金(人件費含め昨年度決算額3888万円)」が仕分け対象となり、「要改善」の判定が下された。この例を中心に考えてみたい。

 事業仕分けでは、「遭対協をめぐっては、遭難者の約8割を県外者が占める中、夏山期の常駐パトロール隊や登山口への相談員の設置などの活動を県負担金で賄っている現状が議論に。県側は安全対策の充実が観光面にも貢献していると説明。仕分け人側は登山者の「自己責任」を問い、入山税や保険加入の義務付けなどを検討するよう提案した。無作為抽出で選ばれた県民判定人による多数決の判定も「要改善」となった。」(信毎から引用)

 私はこれらの防災ヘリのあり方、遭対協の出動範囲と安全対策、登山者の自己責任の追及、条例により登山者の入山税などによる登山規制、強制的に山岳保険の義務付け、それに伴う長野県観光との関連等々、登山者の入山規制なるものを考えれば遭難事故も減り、防災ヘリや遭対協の出動も減り、県の財政的出費も減少するだろうとの思いで、あらゆる角度から委員会質疑に向けて調査してみた。調査すればするほど、防災ヘリや遭対協の任務と県の関わりの重要性に加え、規制の法的障害と言うか難しさが露呈してきた。おのずと質問内容も後退でなく仕切り直しもしなければならなくなった。

 例を挙げてみれば、長野県でも2004年、当時の田中康夫知事が、県のヘリによる山岳救助の有償化を打ち出したが、国土交通省東京航空局によると、自治体が防災ヘリの運航費用を遭難者に求める場合、民間と同様、航空法による航空運送事業の許可が必要となる。更に航空法に基づいて事業化する場合、操縦士や技術者の増員が必要となることが分かり断念した経緯がある。遭難を目撃した第三者が救助のため、善意に防災ヘリを依頼した場合でも、遭難者が「自分はヘリを呼んでいない」と急に支払いを拒んだ場合、通報した第三者にも請求できるかなどの課題も考えられる。

 山岳保険の実用化についても考えてみたが、いくつもハードルを越えなければならない状況である。救助費用の請求が当たり前になれば、山岳保険への加入が飛躍的に増加するが、そのことによって登山者の質が向上するとは考えにくい。例えが悪いが、車の任意保険を考えてみても、ほとんどのドライバーは任意保険に入っているが、保険に入っているドライバーが皆、しっかりしているなんてことはあり得ない。飲酒運転やスピード狂(私自身余り声を大にして言えないが)など、交通事故を繰り返す人も、みんな任意保険に入っているが交通事故は一向に減らない。

 長々と例を挙げてみたが、防災ヘリ運行費用の減額対策一つとっても、言い訳でなく現実な問題をクリアしなければ、新たな対策を講じることはできない。問題の本質を掘り下げ、単なる長野県だけの問題として捉えるのでなく、国として統一的な見解を示していく必要がある。その上で法的規制が必要となれば、国の責任で法の整備を進めるべきであろう。このように質問の準備をしていく中で、様々な事案にぶつかったものである。「事業仕分け」と格好付けて、わずかな時間の中で行政事業や経費の見直しを判定することが如何に難しいか、私は委員会質疑の準備の中で同様な味わいをしている。

 だからこそ、県議の役割として次なる対策を、県理事者、職員の皆さんと知恵を絞って事業の見直しを図っていくことによって、行財政改革が成し遂げられていくものと思う。県民受けするパホーマンス的手法では抜本的に改革はできない。事業仕分けによって県民に行政参加と県行政に理解を深めてもらいたい、とするのであれば他に手法はいくらでも方法がある。県議と理事者との手柄争いではないのだ。阿部知事もボツボツ行政運営テクニックを自ら改め、県議も「信州型事業仕分け」の疑問を、もっと表にさらけ出し議論をぶつけ合うことが求められているのではないだろうか。
長々と述べてしまったが、「信州型事業仕分け」の本格実施を振り返り、県議会の中で議員の役割として「事業仕分け」がなされることを望むものである。

 

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 5日 野田新内閣が組閣されスタートされた。新しい各大臣の中に名前もはじめて聞くような先生も多くいる。元々民主党員でない人に最初からわからないのは当然である。だから期待できないとは言わない。かつての自民党時代であっても、自民党支持者以外の人は同じように思っていたに違いないからである。ただ、大臣を引き受ける先生が担当する分野に専門でない閣僚が多い。なまじ知らない素人のほうが第三者的立場から物の見方考え方ができると言うことか。スタートしてまもなく2~3の閣僚から「エッ そんなことまで言っていいの」と問題発言が多くなっており心配な面は多々あるが、この野田内閣には期待したいと思っている。この日本の現状を見たとき期待せざるを得ない、と言うことのほうが正直な気持ちである。

 野党もこの際、野田総理の外国人からの献金問題に追求の姿勢が見られるが、あまり深追いをせずに現状の国難を回避のために、国民が納得できる政策論争することを望みたい。法律違反はしっかり質さなければならない。ただし、外国人の概念と現実の実態とが乖離している面も見られる。与野党が日本に在籍する外国人の今の実態を把握し、根本的に問題解決をしなければならない機会ではないかとも思われる。そのことを踏まえ、重箱の隅をつつくような議論でなく、しっかり政策論争することにより、野党にも政権奪還のチャンスも出てくるのではないか。まさに2大政党制のよさを出していただきたいものである。

 長野県も阿部知事の公約であった「信州型事業仕分け」が本格実施された。事業仕分けについての考え方は多くの議論がされている。私は実施の目的が曖昧の中での実施はいかがかと思っている一人である。今こそ立場は失い民間人としてしか物は言えないが、県議時代からも疑問を呈してきた。いや、事業仕分けなるものが定着して言った場合、県議会議員の役目と責任はどうなるのだろうか、ますます不要論が飛び出すことになりはしないか。勿論「事業仕分け」に関することだけが県議会議員の仕事ではないが、県議会としての本質そのもの、が問われることにはなりはしないか心配であるからである。県議会の議員の皆さんが、あまり問題意識をもっていないのか議論されていないのか、表だって私たち県民に伝わってこないが気がかりでならない。

 最近の県議のホームページでは、唯一9月4日の佐々木祥二県議の「祥ちゃんブログ」に、信州型事業仕分けの様子を視察した際のコメントとが掲載されていた。やはり違和感をもたれたようであるが、もう少し掘り下げてコメントしていただければ、新聞報道以外の県議の生の声が聞け、一般県民としては分かりやすいのではないかと感じた。現職の県議の皆さんは失礼ながらもっと県議会の立場から、考え方を発信しても良いのではないでしょうか。その方が県民の皆さんは理解がしやすいと思う。県庁村でどんなに素晴らしい仕事(議員らしい)をしても、県民には分かりにくいのが今の県議会の姿であると思う。私が県議時代怠っていたことを気づいたからこそお願いをしたいのである。
信州型事業仕分けについて提案された事業に基づいた考え方は後日このブログで紹介したい。(8日に宮本衡司県議のブログにも事業仕分けについて掲載がありました。)**一部9日に内容を修正した**

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 1日 阿部知事が就任して2年目のスタートの日だ。県内に関係するマスコミは「阿部知事1年の実績評価と今後について」特集し論評が掲載されている。どこのマスコミも共通している点も多かった。この1年間は政策の種まきのため成果は見えないことなど理解できるが、知事がどんな県の将来像を描いているのかがはっきりしない、と言う点だ。私も何回か考えを述べてきたが、阿部知事はしっかり県内を動き回っているが、何故か心に響かないものがある。自信を持って長野県の将来をこうしたい。と言う意気込みと言うかメッセージが伝わってこない。

 菅前総理がいくつもの会を設置し検討させたように、阿部知事も同様な県政運営の仕方である。設置した会議は菅前総理もそうであったが、目指すべき方向が明確でないために、議論が白熱せずにそれぞれの委員の思いを、出し合っているだけに受け止められ、問題の解決に至っていない。幅広い識者や県民の意見を聞こうとする姿勢は否とするものではないが、自分自身の確たる長野県の将来を建設する政策を持ち合わせていないのではないかと思えてならない。信州型事業仕分けも目標目的が曖昧のため、県職員による事務事業評価・県の監査委員会の監査・県議会チェックなど、幾重チェックに重ねてと思える事業で、目標目的が曖昧の事業仕分けなる事業はムダと言わざるを得ない。

 県短大の4年制問題も、長野県ばかりでなく全国的に少子化時代を迎え、各市町村では小中学校の統合を、県は高校の統廃合を余儀なくされ、その計画も実行し始めている。そんな環境背景の中でどのような特徴ある大学を目指すのか。長野県の産業にどのように連携が図られ県民益が得られるのか。そのことによって学生の確保が可能となるのか。将来県の財政負担を強いることになり、県民の多岐にわたる要望に応えるために支障は出ないか。課題は山積しているのに四年制化を容認した。県民のためでなく自分の次なる県政担当を目指してか、などと失礼ながら穿った見方もできる。

 更には、先日発表された来年度予算編成の考え方で、「分権枠」は拡大解釈すれば理解できないわけでもない。県の財政が潤沢でないときに「知事枠」は全く理解できない。そもそも県予算の提出者は知事であるはずだ。「知事枠」は自ら差配できる強権政治につながるものであり容認できるものではない。その必要性があるのだろうか。いずれにしても、県政課題は多い。県民が等しく産業経済・生活文化が享有できる長野県づくりのために、阿部知事も就任2年目を迎え長野県の将来に向けて明確な方針を示し、方向を誤らないよう願いたいものである。県議会こそが県民にとっての砦である。そのためにも県議会はチェック機能を存分に果たしていただきたいものである。


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