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「議会村」から離れたからこそ見えるものがある

 17日 県議会2月定例会が開会された。阿部知事の提案説明や提出された議案の概要しか分からないが、「信州型事業仕分け」の予算は当初予算に計上されなかった。私はそれでよかったと思う。事業仕分けについては既に何回も私の考えを述べてきたが、本来議会が政務活動のなかでしっかり調査を行い、議会審議の過程の中で、しっかり議論し県に提言をすることが望ましいと思っている。それだけに、今度は議会が本領発揮しなければならない。「構想日本」が参画しなければ良いと言うだけの問題ではない。開かれた行政の中で県民の皆さんに参加して欲しいという願いは最もであるが、笛や太鼓を鳴らしてまで行うパホーマンス的な「信州型事業仕分け」の行政運営は感心しない。

 「事業仕分け」は県と県議会が同じテーブルで議論する問題でもないと思う。県はしっかり県民のための将来ビジョンを打ちたて、毎年の事業評価を積み重ねながら、事業の継続・改善・廃止を含め予算と共に議会に提案し、事業の推進に力を注いでいけば良い事である。議会は県が提案してきた事業及び予算を議決したものの、果たして県民益となったか、最小の経費で最大の効果となったか、勇気を持って自らが事業仕分け的審査をしなければならない。それこそが「車の両輪」の姿であると思う。

 県議会では2月定例会初日に「事業仕分け」について議論がされたようである。その積極的な姿勢に敬意を表したい。しかし、前述の通り改まって事業仕分けを、「一定の形づくり」に議論を傾注していくよう見えるが、いかがなものであろうか。先日、「改革・緑風」が一会派だけで「事業仕分け」を行ったと報道された。県議会として何かを見出したい姿勢は理解できるが、これもパホーマンス的域を脱し切れておらず評価に値しない。むしろ県議会は「事業仕分け」の文言から離れ、議会が本来の権能の行使するために何をするべきか、原点に戻るべきである。

 改めて「事業仕分け」を県民に分かるように県議会がパホーマンス的にやる必要はないと思う。決して県民に分からないように非公開で、こそこそやればよいということではない。私は今まで主張してきたことであるが、委員会審査をもっと充実化し、委員会の審査日程を増やすべきと思う。決算特別委員会の見直しも悪くはないが、予算の審査から経過を把握している常任委員会で重厚な審査を重ねて、そこでいわゆる「事業仕分け的な審査と提言」をすれば良いと思う。議員は今まで以上に事業に対する調査活動や知識を得る活動をしなければならないが、本来の姿に戻るだけだ。いや戻るのではなく、変らなければならないのではないか。定例会の限られた日程の委員会審査だけでは無理があるが、閉会中の審査の中で県民や有識者など参考人として招聘し、議員の足らない部分を十分補うことも大切な仕事であり権能の行使の一つである。

 議員を離れたから言いたいことを言っているのではない。本来の議会のあるべき姿を、常に追求していくことが議員に求められているからである。「議会村」から離れたからこそ見えてくるものがある。軽井沢町が国会議員や県議等に祝い電報の自粛(遠慮)を求めたと報道されたが私は大いに歓迎するものであり、全市町村で呼びかけることも必要ではないかと思う。必要最小限の儀礼的な電報以外は、余計な神経を使わないで議員活動に集中できることが望ましいことである。(そうは言っても現実は残念ながら県民の理解を得られない面もあるが)・・・いや、そういう姿になるべきと思う。

 「事業仕分け」は形を変えるだけでなく、議会の本来の権能を行使することによって、場合によっては自らが認めた事業を「ノウ」と判断しなければならない「事業仕分け的提言」を堂々と行うべきである。その議会の姿こそ本当の県民益に繋がるものと思う。