現在位置:ホーム»としみつTime'sトップ»記事一覧ページ

 31日 本日で平成23年度最後の日となる。この一年は何故か早く感じられた。国民不在の国会の体たらくは目に余るものがある。それらを見るにつけ、県政はどうかと思うといろいろの意味で胸が痛くなる。反省の毎日であったが立場を失った人間の身の処し方の難しさをしみじみ味わった一年でもあった。この間多くの県職員や行政に携る皆さん、そして仲間から励ましの言葉を頂き、本当に勇気づけられたことに感謝したい。これからの私の歩みこそが私の人としての真価が問われることになる。明日からの新しい年度に向かって、人間「トシミツ」の人生観の向上、人間力アップに向けて更なる精進して行こうと心に誓ったところである。

 阿部県政も今年8月で任期の前半を終わることになる。一生懸命やっている姿は県民等しく認めることだろう。しかし、スピード感はなく、何となく迫力と物足りなさを感じる。自分の考え方の希薄さと決断力の欠如が、そのまま県民に映るのではないか。それは現在の国会と同じで県民の将来にとってマイナスとなる。そこで出番は県議会となる。新しい平野議長・佐々木副議長のリードオフマンとしての手腕に期待したい。明日からは新しい人事構成に基づき、長野県民がより良い生活の糧となるための政策作りと県政運営が行われる。すべて適材適所の人事とはいえないと思うが、与えられた任を県民のために全うしていただくことを期待したい。

 今日をもって長年親しまれてきた「長野・県政タイムズ」が廃刊となるとの報告をいただいた。寂しい思いがあるが社主・発行人の中原さんには、ご主人のご逝去以来、1号も休まず地元新聞等が書きにくいことも含め、私たちに情報を提供し続け発刊されてきたことに敬意を表したい。確かに、県議会議員の立場からは「そこまで言うのか」「県議の立場も考えろよ」と思うような、辛らつ過ぎると思える記事もあったことを思い出す。しかし、それらは「県民の声なき声」を代表して言い続けてくれたからこそ、県議会も大きな過ちを免れたのかも知れない。

 会派控え室での取材や何気ない談笑の中にも、彼女のぶれない姿勢を度々垣間見させてくれたことを思い出す。そのことが、議員の正義感を発奮させ、寝ていた魂を呼び起こさせて頂き、時の理事者に質問をぶつけるきっかけになったこともある。心から感謝をすると共に、惜しみながらも拍手をもって「タイムズ」の卒業をお祝いしたい。これからもチャレンジ精神を忘れずに走り続けたいといわれる中原さん、お元気でお過ごしになられ、タイムズ記者を放れてもご交誼を頂きご指導願いたいものである。中原さんお疲れ様でした。

|

 19日 専門家・専門職・プロフェッショナルって何だろうか。いきなり訳の分からない事を記したが、最近些か今までの考えの見直しをしようと考え始めた。私もかつては仕事の上で管工事の技術のプロという自負を持っていた。また、時に行政のチェックマンとしての議員のプロフェッショナルであると自負していた。プロフェッショナル(以下プロと記したい)は、職(人)によっては他の意見を全否定することが多い。また、自信があるゆえに他の意見をおろそかにする嫌いがある。プロでない一般の人達は色々と情報があふれる中で、どちらを信じてよいか分からず迷うこともある。

 突然であるが、私はもともと腰痛もちで苦しんできた。2年前に腰痛で朝も傷みがひどく起きられなくて大変苦しんだときがあった。医者の診断はかなり進んだヘルニアとのことであった。ある病院では「あなたは、このままで行くとおしっこも出なくなり大変なことになる」と診断され手術をすすめられた。手術はやむを得ないかもしれないが、今の仕事(当時県議)を全うする上でその時間も惜しい。何とかならないかネットで調べてみた。腰痛対策で最初に見たネット情報を頼りに、資料を送っていただき指示通りのエクササイズを実施したところ見事に改善することができた。

 一番信頼しなければならない身体のプロである医師の判断を理解するものの、腰痛手術もしないで他の処方で痛みが改善し日常生活ならずとも、下手でも好きなスポーツも無理なくできるようになった。この体験が地域の痛みをもった人達の笑顔を取りもどし、元気な地域づくりのために「健康づくりプラスα郷づくり」の企画になった。このことは後日その後を報告したい。私を診断してくれた医師は、本当に手術しか痛み改善の手段はなかったのか。あるいは他の方法によっても改善ができると思っていたのか。決してその医師の判断を責めているのでなく、本当のプロとしてどのような解答(診断による処置説明)が望ましいのだろうか、との疑問に実はたどり着いたのである。

 つまらない屁理屈を並べているようであるが大切なことだ。プロとしてあらゆる角度から知っている情報を一般人に提供することは重要なことだ。それも偏ってはいけない。そして、相手(一般人)方の要望も十分聞きながらも、プロとして相手のために最も必要であるとなれば、正しい情報を伝える責任がある。その時の雰囲気や情勢・流れ、間違ったプロ意識の威厳追求などに対し冷静に判断することで、相手方の現在から将来にわたる利益に大きく影響されることになると思う。職業・仕事のプロ、行政のプロ、議会のプロすべてのプロに言えることではないか。

|

 11日 約2万人となる死者・行方不明者を出した東日本大震災、被災を受け1年を迎え各地で追悼の催しが行われ犠牲者の冥福をお祈りした。どこのマスコミも特番を組み復興の遅れを指摘していた。原発事故も併せての大災害だからといって弁解は許されない。原発事故もあっただけに政府がもっと先頭に立ち、特別立法をもって復興のための極め細やかな采配を取るべきである。言葉の使い方形容が悪いが、このままでは被災者を生殺しするようなものである。ようやく政府もその気になったような発言をしてい るが、一日も早く将来の展望を明確にさせ、復興に向けた取組み急いでいただきたい。 

 それにしても外国メディアも紹介していたが、被 災された皆さんの耐え忍ぶ姿には頭が下がる思いである。集落 の隣人や友達とも別れ別れになり、それぞれの仮設住宅で避難生活を送られている皆さんが、わが生活と地域の再生に向け、復興再生の気持ちが切れないうちに具体的な復興建設の音を聞きたいものである。

 話はがらりと 変るが、我が家の庭では10日に降った雪の中から福寿草が、春の陽ざしとともに雪を掻き分け頭を出してきた。真っ白の中に黄色の花に思わずデジカメのシャッターを切った。1時間ほど経って見ると蕾だったのが開いていた。更に2時間ほどあとに見たら他の場所からも雪の中から花を見せてくれていた。ふと、仮設住宅でじっと耐えていた被災者の皆さんが、春と共に復興の活動をし始めた元気の姿と重なって見えた。避難されている皆さんが住み慣れた元の場所で、大きな花を咲かせるためにも、がれき処理をはじめ私たちができるところから協力しなければならないと改めて思った。国会の先生よ、政局がらみの議論も分からないわけではないが、我が党であったら「こうする」「こうするべきだ」という議論展開に早くハンドルを切りなおし、ここは超党派で難局を乗り越えて下さい。国民は被災地の復興と、復興に伴う景気の回復を一日も早く期待しているのです。
分かるかなぁ・・・この気持ち。 

11日AM10時ごろP1040737.JPG

 

11日午前10時ごろ、雪の中から

福寿草が顔をだしました。

 

 

 11日AM11時ごろ_P1040743.JPGのサムネール画像

11日午前11時ごろ、春の陽ざしと共に見事に花を開きました。

 

 

 

11日PM2時ごろ_P1040753.JPG

 11日午後2時ごろ、雪が融けはじめた後から他の福寿草が顔を出していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

|

 4日 私が相談役として席をおいている会社の会計年度末は2月である。この数年赤字決算で苦しんできた当社も、今年度は改善が見られどうにか黒字となる見通しである。昨年の3.11東日本大震災・東電原発事故と続いた大災害で、本県の企業も受注があっても品物が間に合わず、十分な企業活動ができなかったことを考えると努力の成果を評価してあげたい。私も何十年ぶりかにたな卸しの手伝いをしてみた。整理整頓を励行しているものの、やはり整理整頓をしてからたな卸し作業に入らずを得ない情況であった。

 長年のデットストックとなっている品物、ほとんど使用できないと思える商品や部品、古くなった部品と同じ新しい部品があったり、見えないところでロスをしていることに改めた目の当たりにして、ため息の連続であった。纏め買いをしてないせいか無駄と思われる在庫数は全体的に改善されていた。しかし、たな卸しをするたびに感じることは、このムダがなければもっと利益が改善され、お客様に還元することもでき、社員の待遇改善も図られるのにと思う。適切な在庫管理を更に徹底させることも私の役目かなとも思った。

 これらの反省をしながら感じたことは、国も県も行財政改革と声高く掲げているが、まさに、身近なところからムダ・ロスをなくすことが行財政改革の一歩ではないかとつくづく感じた。管財課で極め細やかに管理されているとは思うが、まだ十分使用できる事務用品等があるのに、新しい用品を調達していないか。金額的にはわずかではあるが、「もったいない」精神による使い続け習慣は、大きな節約改善に繋がるものだ。

 県有施設等で役割が終了しつつあるものはないか、少子高齢化・人口減少時代に向けて統廃合が必要な施設はないか、逆に設置が必要な地域情況はないか。更には、役割が終わりつつある施設に過剰な県職員の配置がされていないか。施設ばかりでなくすべての事業に言えることだ。ムダ・ロスを探し始めればきりがないが、県民の各年代環境によって異なる利便性や、手を差し伸べなければならない事業、将来の人口増加を図るための経済対策や地域対策等々、やるべき事、やらなければならない事を行うためにも、ムダ・ロスの改善は必要であり行財政改革の原点であると思う。

 「もったいない」精神による使い続け習慣こそがムダ・ロスの改善に繋がる。そのムダ・ロスの改善を求め監視することも議会の役割の一つである。このことこそが議会がやらなければならない「事業仕分け」なのだ。予算審査や決算審査や日常の政務活動の中でやっていただいていることであるが、もっと極め細やかに議会の権能を行使することが議会に求められているのではないだろうか。
久しぶりに行った「たな卸し作業」でいろいろなことを学ぶことができた。

 

|