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腰痛対策といじめ対策は似て非なるもの

  6日 いじめによる自殺が後を絶たない。いじめが原因で将来ある若い命を絶つことはあってはならないし、させてはいけないと思う。本日の報道によれば文科省も「いじめ対策専門化組織」なるものを立ち上げる発表された。長野県もいじめ根絶に向けて官民連携により「県民会議」を設立させるとのことである。国も県も本気になっていじめ対策に本腰を入れることはよいことである。ただ、私は対策の本当の中身が見えないので何ともいえないが、このような対策でよいのか些か「いじめ根絶」には不安が残る。目的目標は共有できると思うが、誰が何をどう具体的に行動をするのか。いじめが起きたからその相談やカウンセリング的組織をつくっただけでは解決できないと思うからである。

 話は少しそれるが、私はある一時期腰痛に悩まされた。腰痛・膝痛・肩痛など痛いときは病院に頼り、整体師やマッサージあるいは薬局等で痛みを抑える処置をする。誰もが経験するスタイルだ。確かに痛みは一時的に解消するが、自分の体の仕組みに基づいて根本的に痛み等を解消するのではない。私の体験からすると痛みの原因を起こすとされる、筋肉の再生をして痛みをなくして健康な体づくりができた。(最近の信毎フォーラムでもそのようなことが記載されていた)周囲が原因の根源を直してはくれない。情報や手法などの手助けはしてくれるが最終的には自らが努力しなければ治せないと思う。いじめ対策も似て非なるものと思えてならない。

 いじめは今始まったものではない。この世に人間が生を受け自ら判断能力が身につく頃から始まるものと思う。陰湿か陰湿でないかは別として、私たちの子どもの頃も頻繁にあった。50~55人学級時代でも先生の目が行き届かなかったから、いじめによる自殺があったか。自殺まで追いやったことはない。時には子供たち間で解決処理ができていた。今は子どもたち一人ひとりに目が行き届くとされている、30~35人学級の中にあっても頻繁に起きている。この二つの時代に行われていた教育指導方針にその要因を突き止めるヒントがあると私は考えている。だから前述の腰痛対策等といじめ対策は似て非なるものと思う所以である。

 いじめが起きてから、いじめがありそうだから、いじめを受けているこどもを救済するための対策、いずれも現在発症した痛みをなくしたい腰痛対策と同じ発想だ。確かにその対策も重要であるから全否定をするものではない。日本の国の約70パーセントの人は腰痛に悩まされているとのことであるが、いじめも今後ゼロにはならない。如何にいじめをゼロに近づけ、自殺に至らせるような陰湿ないじめをなくし、受けてしまった子どもも自殺を留めさせる強い精神力をつけさせるかが必要であると考える。抽象的で良くわからないと思われるかもしれないが、私は結論から言うと「道徳教育」こそが、今こそ求められているのではないかと思う。

 いじめのほとんどは、学力・体力・交友・生活関係等々の妬みが大きな要因の一つであると思う。師を敬い慕い、友を大切に、親を重んじるなど、基本的な倫理観や正義感、豊かな感性と寛容力、自己抑制力と自立心等々を、もっと積極的に指導してはどうか。それらは全て現在の学習指導要領により実践していると言われるかもしれない。しかし、その道徳心の欠如がいじめに結びついていることは確かであると思う。強力にすすめれば、愛国心の強要とか軍国主義に引導するとか偏った考え方で、道徳心(道徳教育)を曖昧にしてしまった教育に問題があると思う。

 根源である課題の整理と対処法こそがいじめをなくす対策であると思う。しかし、教育100年と言われ時間は要するが、今から実践に向けて見なおすべき時であると考える。長い文面になってしまったので今回はここまでとして、何故このような考えに至ったか、後日、私の子どもの頃の体験を通してもう一度「いじめ」の問題を考えてみたい。